第2話 ファイルナンバーD021145
ファイルナンバーD021145の扉には、図鑑に並びそうな文字があった。
「ナチュラル・ポイズン/夾竹桃の中毒死と、殺人教唆についての調査依頼」と書かれている。
タブレットにデータを開くと、大空調査官が話し出した。
「送られてきたデータをそのままに読みますね」ふくよかな笑顔で語りだした。
「被害者の男性、**浩二は、六二歳。自称貿易会社経営者。毒にて死亡。同席していた男性の制止も聞かず、ホテルのグラスに注がれていた毒の入っていただろう水を飲みほしたと書かれています。十数分後に腹痛を訴え、嘔吐、下痢になったようです。さらに数分後に痙攣が始まり、ホテルのベッドにて倒れたと、書かれてありました」
タブレットを指先でなでる。
「数時間後、別の来訪者が発見し、ホテルフロントに連絡。ホテルが救急車を要請。救急搬送されたと書かれています」
「搬送時、すでに意識なく、徐脈性不整脈を起こしていたと救急救命士の所見があります」
「二時間後に搬送先の大学病院医師が死亡を確認とあります。死亡原因は中毒」
「鑑定結果、毒は、オレアンドリンなど様々な強心配糖体だったと書かれています。夾竹桃の毒液を経口にて服用しての死亡と書かれています。この毒の致死量0.30mg。青酸カリよりも強力な毒ですね。腹膜におよぶ炎症と解剖結果があるので、十グラム程度を飲んだのかもしれないと、所見に書かれています。多分……。」
「どうした?」
「いえ、ちょっと……。後でご説明しますわ」
「続けさせていただきます。ホテルに最初訪ねていたのは、**健太郎。三八歳、男性。自称風俗店経営者であると書かれています。ホテルに呼び出されただけで、夾竹桃の毒については知らないとの供述があります。死亡した浩二とは初対面で、貿易について相談があったとの供述が残っています。警察の捜査で裏が取れています。また、犯人の主犯と思われる女性とも、面識なしと書かれています。警察の取調べの結果もクリーンです」
「主犯と思われる女性、**八重子。四四歳。死亡した浩二の妻です。保険金額の異常な高額から、今回の調査対象になっています。個人の生命保険金、事業経営者傷害保険金、事業継続賠償保険からの支払いなど、大小五つの保険にから、すべて死亡時の支払いを受けて、三億円を越えるキャッシュを得ています。八重子は再婚。前回の夫も事故で死別しています」
「これまでのお話から、私論でお話してもよいでしょうか?」
「いいよ、話してみて」
「事件の不明点は、二つ、だと思われますが、どうでしょうか?」
ホワイトボ-ドに向かうと、大空調査官が文字を書き出す。
「ひとつめ。関係です。夫婦の関係である浩二と八重子は別として、健太郎がまったく別に存在している。これが、犯人のリスクヘッジになっています。もし、共犯なら、八重子と健太郎が何かしらの連絡を取り合っていなければ、共犯であるとはいえない。その連絡記録がない」
「ふたつめ。いくら喉が渇いていたとしても、致死量の二十倍もの毒を、一気に飲み干すとなると、不可解です。口に入れる前に、違和感がありますし、口の中に入れたら吐き出してしまい、飲めないのが普通です。亡くなった浩二の供述がないので、死に立ち会った健太郎の供述のみが採用されています」
大空調査官がちょっと困ったという顔で、唇を突き出した。
笑顔に戻ると、キャップを閉めた。
扉が開いた。




