六話 ワルキューレ
「ふぃー、そろそろ終わりにすっか。」
最初掘り始めたときはどのくらいの大きさか見当もつかない程だった白い鉄の塊は徐々にその姿を現し始めていた。というよりも白い鉄の塊ってのはどうやら俺らの間違いのようだった。もちろん王族かなんかのお墓ってことでもない。その白い鉄の塊は掘っていくにつれて手や頭といったようなものがついている、いわゆる鉄でできた人形のようなものだった。ちなみに俺らが最初に見つけた辺りが胴体に当たる部分だ。
しかし一体これは誰がなんのためにこんなところに埋めておいたんだろうか?
「これってさ、作業用の機械かなんかだったのかな?」
「いや、違うだろうなぁ。作業用の機械にしちゃ大きすぎるし、こんなとこにこんな風に埋まっているってのもおかしい話だ。」
じゃあ一体なんなのだろう、そもそも鉄ってのすら間違いかもしれない。その鉄人形の体には一切の錆というものがなかった。
こんなとこに埋められていたんだから錆の一つくらいあってもおかしいことではないっていうのに。
「見つけましたぁ☆『ワルキューレ』みぃーつけです♪」
「「は?」」
マルスとすっかり声がかぶってしまったが、その突然現れた女の声に俺たちは戸惑ってしまった。松明の灯りが届かない場所にいるせいでその女の姿は確認できないが・・・同業者か?いや、違う、同業者でこんな声聞いたことがない。じゃあなんだ?同業者のツレが迷子にでもなっちまったのか?仮にそうだとしたら今この鉄人形を見られるのはあまり歓迎できるような展開ではない。やっと半分掘り起こしたばかりのこいつを見られたら最悪「黙っててやるから分け前をよこせ」なんて言われてもおかしくない。
「おいおい、お嬢さん。こいつは俺らが先に見つけたもんなんだぜ?どこぞのお嬢さんかは知らんが、あんた一体何者だ?まずその姿を見せちゃくれないかね?」
「あ、すいません♪」
松明の灯りの前まで出てきたその姿は、歳こそ俺と対して変わらなそうなものの、どこぞの貴族の出だろうといった感じであった。髪の色は薄いピンクに所々が黄色、緑、青に染まっている。身にまとった白い衣服はここまでの道中で汚れてしまったのか、あちこちに泥がついてしまっているが気品を感じさせるのには十分である。ブレスレットにイヤリングにネックレスにも高そうな宝石がはまっていて、どっからどう見てもこんな場所には似つかわしくないといった感じだな。そして何より
「か、かわいい」
思わず口をついてしまった。でもそう言わずにはいられなかった。
なんかこうキラキラしてたんだ。その顔を真っ直ぐに見ていられない程眩しく感じたんだ。
「私はフレイヤと言います♪はじめまして~☆」
「はっ、はじめまして!」
思わず緊張して俺まで挨拶してしまった。あれ、なんか横でマルスがクスクス笑ってない?
それに気づいた俺はなんか恥ずかしくて顔から火が出そうになっていた。
多分俺の顔今真っ赤。顔上げれない。
「そんで、フレイヤ・・・ちゃん?」
ちょっと悩んでマルスはその少女のことをちゃんづけで呼ぶことにしたようだ。さて、俺はなんて呼ぼうか。ちゃんをつけて呼ぶってのもちょっと恥ずかしいし、かと言ってさんづけにするのもどうかと思う。・・・呼び捨てでいいか。
「はい?なんでしょうか?」
「あ、あ、あ、あのさ、フレイヤは何しにここまで来たんだ?」
マルスの言葉を奪って俺が聞いてみた。ちょっとどもってしまったけど。
「もちろん『ワルキューレ』を探しに来たんですよ♪」
はて、『ワルキューレ』とはいったいなんだろうか?
さっきもそんなこと言ってたようだけども、もしかしてこの鉄人形のことなのか?
「も、もしかしてこいつのこと?」
「はい♪かくのーこで見たものとかなりそっくりなので多分それが『ワルキューレ』なんだと思います♪早くウルズさん呼んで契約してもらわなきゃ☆」
「大体話は分かった・・・が、こいつは俺たちが先に見つけたもんだ。つまり俺たちの見つけたものな訳だが、何やら訳ありのようだし、事情と契約内容次第じゃ譲ってやらないこともない。まず聞かせてもらいたいんだが、この『ワルキューレ』ってのは一体なんなんだ?」
さすがマルス転んでも抜け目がないというかなんというか。この子の仲間に売りつけるとしても、街に戻ってから誰かに売りつけるにしても、まずはこれがなんなのかをはっきりさせておこうってところか。たしかにこのフレイヤはどことなく抜けているところがありそうで、情報を引き出すには格好の獲物って感じだ。
「『ワルキューレ』はですねぇ、千年前の争いの時に私たちアース神族が使っていた乗り物なんですよ♪ほら見てみてください、ここ押すと開くみたいですよ☆」
フレイヤが『ワルキューレ』の胴体の部分に手を伸ばすと胴体の部分が開いて中の操縦席らしきものが見えた。
てかこの子今アース神族とか言った?じゃあこの子ってもしかして
「つ、つまりフレイヤも神さまなの!?」
「え?そうですけど?」
フレイヤは本当にきょとんとしていた。ていうか神さまなんて見るの初めてだ。
「あっ、そうでした!人間族の人たちには私がアース神族だっていうのは秘密なんです♪だから話しちゃダメですよ!シーです☆シー♪」
なんだろうな神さまと話してるっていうのにこの子は本当に大丈夫なのか不安になってくる。
でもなんでだろう、なんかとっても癒されるな。
俺の表情とは一転して、マルスの表情は酷く怒りに満ちた表情に変わっていた。。
「で、何かい、その神さまとやらはこの『ワルキューレ』ってのをを探しに来てて、俺らが見つけたこいつを持っていくってのかい?」
少々意地が悪い聞き方だと思う。まるで俺らのもののようではないか。見つけたのはたしかに俺らで間違いはないんだけど、元々は神さまの乗り物って話じゃないか。
「そうなんです♪ウルズさんって人がその『ワルキューレ』と契約するために来たんですけどはぐれてしまったようで・・・なのでウルズさんが来たらその『ワルキューレ』と契約させてあげてくださいね♪」
「ふざけんじゃねえ!」
マルスがキレた。多分こんな姿を見たのは今回が初めてだ。たしかにこの『ワルキューレ』ってのをそのまま持っていかれるてのはちょっと悔しいのかもしれないけど・・・でも、神さまなんだ。マルスの夢位叶えてくれるんじゃないか?
「神さまが今まで俺らに何をしてくれたって言うんだよ!俺らが飢えて死にそうになった時だってパンの一つも恵んでくれやしねえ!俺らが雨風の吹きつける夜の闇に耐えている時だって傘の一つだって恵んでくれやしねえ!俺らが泥棒と間違えられて追いかけられてる時にだって何も、何もしてくれなかったじゃねえか!」
「お、おいマルス」
「その挙句今度は何かい?俺らの夢がもうちょっとで叶いそうなところでその夢すら奪っていっちまおうってのかい?この世に神なんていやしねえんだよ!大体な、千年前の神同士の争いとかで人間の世界に被害を与えたのもお前ら神のせいじゃねえか!それがなけりゃこんなに人間に貧富の差が生まれることもなかっただろうによ!」
「そ、それは・・・」
神同士の争い?人間の世界に被害?マルスは一体何を話してるんだ?いつも一緒にいたはずなのに俺にはまったくピンと来なかった。神さまってのは俺らの住んでるこの世界の天気とか季節といったものを司る存在なんじゃないのか?例えば小麦なんかが豊作だったり凶作だったりするのが神の思し召しってな感じでさ。
「俺がまだ物心がついた頃、テオと出会うよりも前の話になるんだが、俺の住んでた町は神族の手によって滅んだ。」
聞いたことがない話だった。俺とマルスが出会ったのはせいぜい数年前ってところだが、出会う前の話ってのは聞いても話してはくれなかった。それにそういう話になった時のマルスはいつも困ったような顔をしてうまくはぐらかして隠そうとしているような感じだった。
「俺の住んでいた町には神の像とかいうでかい石像があったんだ。町の皆はその像を毎日拝んでてさ、祭りや催し物なんかがあるときは決まってその石像の前だったんだ。あれは・・・そう、ちょうど秋の収穫祭の時だな。俺の家は町で数少ない店屋だったから、そういった祭りの時なんかは石像の前に屋台みたいな店を出してたんだ。」
話してるうちにちょっと落ち着きを取り戻したのか、さっきまでの怒ったような口調ではなくとても悲しい、今にも泣きだしそうな声になっていた。多分マルスにとっては辛い思い出を話してくれてるんだろうけど、俺はなんか嬉しかった。マルスの昔の話をちゃんと聞くのはこれが初めてだったから。マルスの夢の理由も分かった気がするし。
「俺が店の手伝いで屋台を親父と組み立ててる時だ、そいつは現れた。山よりもでかい巨人の肩に乗ったそいつは自らを神族と名乗っていたよ。そして、神の像を「こいつは悪魔の像だ。こんなものを信仰するなんてお前らは悪魔の化身だ」と言って像は巨人が粉々になるまで壊し、その神族の野郎は町を火で焼き払った。俺の親父は石像の破片で潰され、母親は町と一緒に灰になった。その時思ったんだよ。この世に神なんかいない。いるのは神って名前の殺人鬼だってな。」
―――ズサッ
フレイヤが力なくその場に膝を落とした。そして、そのまま
「ごめ・・・んえな・・・さい。」
額を地面に押し付けフレイヤは消え入りそうな声でそう呟いた。
「あんたらはアース神族ってやつなんだろ?俺らの町を滅ぼしたのは・・・多分ヴァン神族ってやつなんだろうさ。神話ってのを聞く限りじゃ巨人を操り、魔法で火をおこしたりするのはヴァン神族だっていうじゃないか。」
「はい・・・たしかにそうです。でも・・・でも・・・」
「マルスっ!」
声を大にして叫んだ。神話の話ってのは俺は分からないけど、話を聞いてる限りじゃマルスの町が神族の手によって滅んだってことは分かるが・・・でも、でもフレイヤが滅ぼしたわけではないじゃないか。
「そうさ、分かっちゃいるんだよ。全部の神族のやつらが悪いわけじゃないってことはさ。でも、頭じゃ分かっていても許せないんだよ。神族同士の争いで俺らの世界にまで干渉してくるってのがさ。・・・分かっちゃいるんだ。」
マルスが話し終えた瞬間だった。
―――ズシン
不意に地面が揺れた。坑道の中、つまり地面の中にいるのだから当然壁も床もである。
「地震かっ!?」
マルスが叫ぶが、地震なんかではなさそうだ。
―――ズシン―――ズシン―――ズシン
継続的な揺れじゃなく、定期的な揺れ。
その揺れが徐々に近づいてくるような。
―――ズシン―――ズシン―――ズシン
地震というよりは、この廃鉱の上を何かでかいものが歩いているかのような。
「マ、マルス!なんなんだよこの揺れ!」
「分からねえ。分からねえ・・・が、やばいぞ。この坑道がいつ崩れてもおかしくねえ。」
いくら坑道の中が木材なんかで補強されてるからといって、こんな震動ずっと続けば弱った箇所から崩れるのも時間の問題だろう。
ここから急いで出口まで向かったとしても、多分十五分程はかかってしまうだろう。それまでにこの揺れが収まるとも限らない。どこかで土の下敷きになってしまうのがオチだろう。
―――パラパラパラ
ふとフレイヤの頭上に目を見やると、天井に亀裂が入り岩が顔をのぞかせている。
「危ないっ!」
俺は迷わず駆け出していた。さっき出会ったばかりではあるが、この子を放っておくことはできない。仮にも神さまだし。自称だけど。
「うおおおおおおおお!」
「テオっ!」
―――ズドドドドド
フレイヤを突き飛ばした瞬間、俺の頭上めがけ天井から見えていた岩や土が降ってきた。
「ぐっ!」
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、先ほど助けた少女がこちらに向かって手を伸ばしているところだった。瞳は涙で潤んでいて、必死に何かを叫んでいた。
ああ、よかった。どうにか助かったんだな。声が聞こえないや。俺のことは大丈夫だって。マルスがきっとなんとかしてくれるさ。
きっと、きっとだ。