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四話 夢

―――ザッザッ、カツン、カツン

土を掘り進む音だけが坑道の中に木霊していた。もう俺もマルスも泥だらけだ。

あれから数時間程白い鉄の塊の周りの土をどけてみたのだが、一向にその全容がつかみきれないほどだった。この白い鉄の塊はそれほどにでかい。

物を売るときの交渉は大体がマルスの仕事なのではあるが、これを売ればどれほどの金になるかは俺にもおおよそだが見当はつく。多分だが家二軒は買えそうな額の金にはなりそうだ。

マルスもそれを察しているのだろう、しばらく会話などなしにせっせと土をどけていた。

掘っていてちょっと分かったことだが、これはどうやら天然のものではなさそうだった。多少見えてきた形は流線型でスコップの柄でちょっとだけ叩いてみると全部が全部鉄の塊というわけではなく、どうやら中には空洞がありそうな感じだった。しかし仮に中に空洞があるとすれば、それは人が中に何人かは入れそうな程の大きさになっているだろう。

ふと脳裏をよぎったのは、昔何かで埋めた王族のお墓とかそういったものなのだろうかということだった。だとすれば俺たちはただの墓荒らしだ。まぁやってること自体はそれほど大した違いはない仕事ではあるけど・・・っていうかこれお墓なら中に白骨化した死体とか入ってたら・・・嫌だなぁ・・・。

そんな事を考えていると少々疲れが出てきてその場に座り込んでしまった。持ってきた鞄の中から水筒を取り出し、その中身を乱暴に煽った。中身を半分程飲んだところでやめておいた。さすがにもうちょっとしたら今日はやめにするんだろうけども、今全部飲んでしまうよりも外に出てから埃っぽくないような場所で飲んだほうが気持ちがいいだろうという判断だ。

「なんだテオ、もうへばっちまったのか?」

そう言ってマルスも俺の隣に腰をかけた。マルスの顔には相当疲労している感じが見受けられるが、きっと俺の顔も似たようなもんなんだろうな。

「マルス、水は?」

「んー、まだ自分のがあるある。」

俺の差し出した水は行き場を失った。・・・もう一口位飲んでしまうか。

マルスはしばらく鞄の中をゴソゴソと漁ると、中から水筒と黒ずんだ平べったいものを取り出した。松明の明かりを近づけてようやくそれがパンであることが分かった。焦げてしまったパンは店で買うと安く売っている。食べる分には支障がないので俺とマルスはこれを買うことが多かった。それをしばらく鞄の中に突っ込んでいろんなものに押しつぶされればこの黒ずんだ平べったいものの完成ってわけだ。しかも今回はパンにまで泥のおまけががついてしまっている。

―――ぐぐーっ

―――ぐぐーっ

二人同時に腹の音が鳴ってしまった。そういえば飯も食わずに作業していたんだった。その腹の音を聞き、二人でひとしきり笑いあった後、マルスがパンを二つに分けてくれた。

俺に渡してくれたほうが比較的泥が少ないほうのように見えた。

「マルス!俺はそっちの泥がたくさんついてるほうでいいよ!」

俺の静止を振り切り、マルスはすでにパンに口をつけていた。ジャリジャリと音をたてながら泥のついたパンをかじっている。

「いいんだって、これを持ち帰ったらさ、もうこんなもの口にすることだってなくなるんだろうしさ、それなら最後くらいって思ってさ。」

マルスはそんなことを言いながら一気にパンを口に押し込んだ。もちろんその後すぐに水筒でそれを押し流していたが。

そんなマルスをひとしきり見終えた後に俺も渋々パンに口をつけ始めた。マルスのほどではなかったがこっちにも泥がついていることに変わりはなく、噛むとジャリジャリとした音がしていた。マルスを見習って一気に口に押し込んで水筒の水で口を潤した。

多少腹は膨れたが、口の中はまだジャリついていた。

「あのさ・・・」

マルスの声にふと顔を上げると、その顔はとても優しい顔になっていた。

喜んでいるようでもあり、怒っているようでもあり、哀しんでいるようでもあり、そして楽しんでもいるような、そんな優しい顔だった。

「テオはさ、夢ってあるか?」

「夢?」

「ああ、寝るときに見るやつじゃないぞ?こうなりたいとか、こんなことがしてみたいってやつだ。なんかいつかやってみたいこととかないのか?」

夢・・・俺の夢・・・そんな事考えてみたこともなかった。いつもマルスが俺の前にいてくれたから、マルスの背中だけ追っかけていけばいいと思ってさえいたくらいだ。

「多分気づいちゃいるとは思うが、今回のこいつを売っちまえば、二人で山分けしたとしてもかなりのまとまった金が手に入ると思うんだ。」

俺は頷いた。俺が気づいていることをマルスが気づかないわけはない。というかなんでマルスは改まってこんな話をしているんだろうか?

「さっきからずっと考えちゃいたんだがな、俺の夢は・・・自分の店を持つことだ!今回のこいつが売れれば、そんな大きな店じゃなければ自分の店が持てるんじゃないかってな、そう考えていたんだ。」

「店!いいじゃない!マルスが店を出すなら俺もそこでお手伝いするよ!」

マルスがそんなことを考えていたなんてまったく知らなかった。たしかにマルスは商売とか交渉事ってのが得意だとは思ってはいたけど、まさか店を持ちたいなんて夢があったなんて。

マルスが店長なら俺は副店長ってなとこだろうか?

そんな淡い期待はマルスの次の一言によってかき消された。

「そればっかしはダメだな。」

ちょっとだけ自分の耳を疑って聞き返そうとしてしまった。

「これは俺の夢なんだ。お前まで巻き込むことじゃないんだ!それにな・・・」

マルスはそこで一呼吸おいて続けた。

「これは俺にとってもチャンスだけどさ、当然お前にとってもチャンスなんだぞ?俺は俺の夢を叶える!お前もお前の夢を叶えて欲しいんだ!」

それはその顔同様にとても優しい声だった。

喜びと怒りと哀しみと楽しさが入り混じった優しい声の主は、きっと俺のことを考えてそう言ってくれているに違いなかった。

「でも・・・」

でも、俺には俺自身の叶えたい夢など思いつかなかった。

だってそうだろう?俺は今のいままで、マルスにそんなこと言われるまで、ただただその背中を追いかけていけばいいと思っていたんだぞ?

「まぁ、すぐすぐにってわけじゃないさ。俺が店を出すって言ったって、そんなすぐにできるようなもんでもないしな。俺が言いたかったのは、いつまでも俺の影にいるんじゃなく、お前にも自分の道を進んで欲しいってことだな。」

にかっと笑ったその顔に救われた。俺は今どれほど悲しい顔をしていたのだろうか。多分マルスから見たら今にも泣きそうになっていたに違いない。

「さぁ、もうちょっとだけやったら帰ろうぜ!さっきのパンで俺の隠し持ってた食料は全部だしな。」

「パンじゃなくて・・・泥パン、だろ?」

「うるせぇ。文句があるなら返せ!まだ消化してないだろ!」

やっぱりマルスは最高だ。

この最高の親友で最高の兄貴で最高な家族ともうすぐ離れることになるのであろうが、せめてその時まではこうやってお互いに笑って過ごせればと思う。

俺の夢、俺の夢かぁ・・・俺はいったい何がやりたいんだろうなぁ・・・


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