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思いつきショートショート『sister』シリーズ

『sister』

作者: 想隆 泰気

・思いつきショートショートですがよろしければ。




 妹がいる。


「わたしに兄はいません」


 そんなことを言ってくれる、可愛い妹。正真正銘血の繋がった、たった一人の妹である。


「……わたしは物心つく前から、ずっと一人っ子ですから」


 こんな時でさえもそう言って、俺を兄と呼んでくれることはない妹。

 ……まあ、無理もないのかもしれないけど。


 妹が俺と言う兄の存在を知ったのは、数ヶ月前のことだった。両親の離婚に際して、物心つく以前に俺と引き離され、それから知らされずに育ってきたからだ。

 当時、俺は小学校の低学年で、妹は二歳くらいだった。面倒を見ると言うほどのことは出来なかったが、それでも俺は、幼い妹が可愛くて可愛くて、それこそ、普通の子供が家に帰るやランドセルを放り投げて遊びに行くところを、俺は寝ている妹の隣にズサーっと滑り込んだもんだ。そのくらいべったりだったのだ。

 だから、両親が離婚することになって、それぞれが片親に引き取られることになった時、それはもう盛大に泣いたもんだった。もちろん、俺がだ。妹が泣いていた記憶はない。妹には別れの意味すら分からなかったろうから、まあ仕方がないんだが――……さ、寂しくなんかないんだからね。


 ……まあ、それはともかくとして。

 俺があんまりにも泣き喚くもんだから、両親は別れた後も、年ごとに妹の成長を収めた写真やビデオなんかを俺に届ける約束をした。それに納得した覚えはなかったが、両親としてはそれが最大限の譲歩だったんだろう。

 けど、両親としては、もう出来るだけお互いの生活に干渉したくはなかったようで、兄妹の存在を知るのは俺だけ、成長記録を見て育ったのも俺だけ。そんな一方通行の兄弟関係が続いた。……もちろん、俺自身が名乗り出たり、存在を仄めかすのもタブーだった。


 しかし、隠し事と言うのはいつか必ずバレるもんで、妹が高校生になった頃、実は兄がいるのです、となったわけである。まあ、バレちまったからには会わないわけにはいかないでしょうって言うか俺が我慢できなかったわけで。

 何となく会いに行くことが解禁となって、暇人大学生の俺はそりゃもう、ひゃっほうってなもんで、不意打ち気味に学校へ迎えに行ったり、向こうの家に押しかけては強引に勉強を見てやったり、用もないのにメールしたり電話したりと、昨今はバラ色の毎日である。


 ……けど、正直な話、兄弟関係は円満とは言えないのが実情だった。

 考えてみれば当然である。俺自身は、妹が日々成長していく姿を毎日のように映像で見ていたから何の違和感もなかったが、妹の方はそうではない。兄としての実感もなければ、最近まで俺の顔すら知らなかったのだ。

 だからこその、妹の言葉。


 ――わたしに兄はいません。


 再会して結構経ったけど、その堅い言葉は変わらない。……兄、とも呼んでは貰えなかった。


 ――俺は、妹にとって、警戒すべき他人でしかない。


 それを、薄々は分かっていた。仕方のないことだと分かっていた。

 ……だから。そのメールを受け取った時、俺は頭が真っ白になった。


――『件名:なし/本文:元気ですか?』


 ……は? えっと、何でしょうかこの内容のないメールは。て言うか真っ昼間です。暇人大学生の俺はともかく、高校生の妹は授業中の筈です。休み時間なんでショウカ?


――『件名:なし/本文:違いますけど』


 ? ? ? 授業中に携帯いじるような悪い子に育てた覚えはないんですが。


――『件名:育てられた/本文:覚えがありません』


 いやいやいや、そう言うことじゃないでしょ。……もしかして、学校じゃないとか?

 ……返信までに、少しだけ時間があった。


――『件名:ごめんなさい/本文:さぼっちゃいました』


 ……嘘だ、と思った。妹は俺みたいな適当野郎とは違う。軽々しくさぼったりするような子じゃない。会えなかったとは言え、ダテに兄貴やってたわけじゃないんだ。

 ――そもそも、だ。ただでさえ警戒してる俺に、意味もなくこんな内容のないメールをわざわざ送ってくるわけがない。

 返信は――来なかった。


 ――何かあったのか、と。気がつけば、そんなことを口に出していた。


《えっ……》


 驚いたような声が、携帯から聞こえた。妹の声だ。……どうやら、無意識に電話を掛けていたらしい。

 ……何かあったのか? 気を落ち着けてから、繰り返した。

 ふいな電話に驚いたのか……或いは、俺を警戒していたのか。妹はしばらく何も言わなかった。

 ――が。


《――っ……うっ……うぅっ……ひっくっ……》


 そんな、声。……否。それは、嗚咽。

 ――すぐに行く。

 俺は迷わずにそう言って――現在に至る、と言うわけだ。


 妹は今、俺のすぐ側で横になっている。眠ってはいないが、眼を閉じ、顔を上気させて、少しだけ辛そうだ。

 ……結論から言えば。妹は、熱を出して寝込んでいた。妹を引き取った母親は今も独身で、今日も働きに出ていたから、家には妹以外、人の気配はなかった。

 熱自体はさほど高くはなかったのだが、病気はヒトを不安にさせるからな。寂しくなってしまったのかも知れない。


「……寂しくなんてありません」


 眼を閉じたまま、怒ったように妹は言う。強がりなのは分かっていた。でなければ、俺の胸が涙でびちょびちょになっているわけがない。


「あれはっ……ちょっとした……気の迷い、ですっ……」


 なら、今、布団の中で俺の手を握りしめてるのも気の迷いか。


「……そうですっ」


 真っ赤な顔で、俺から顔を背ける妹。うむ、可愛い。……て言うか、あれ? 俺……警戒されてない? 自問してみたが、答えが出るはずもなく。

 だから、尋ねてみた。いつだったか……学校へ迎えに行ったの、迷惑だったか、と。


「嫌でした」


 う。少しくらいは迷って下さい……。


「……友達に、見られちゃいました」


 そうね、放課後に校門の前にいれば当然そうなりますね。


「……格好いいとか、言われてました」


 そりゃ、友達の兄貴に初対面で不細工とは言わんでしょう。


「……へらへらしてました」


 誤解です。兄として、爽やかに自己紹介してただけです。


「……ほんとに嫌でした」


 ……ごめんね、お兄ちゃん精進が足りなくてごめんね。

 静かになったので、もう一つ尋ねてみた。勉強教えに押しかけたり、迷惑でした?


「……腹が立ちました」


 うぐ。……なんて言うか、その……すいません。


「……わたし、あんまり頭良くないから……大変だったんですよ」


 頭良くないとか、ご謙遜を。……ん? 大変だった?


「中学の、テストとかもそうですけど……受験とか。ずっと一人で頑張ったんですよ」


 そりゃ、大変だったろうけど……て、え? 何か話の矛先がおかしくないですか?


「おかしくないです。……何で……もっと早く教えに来てくれなかったんですか」


 ……やっぱ、おかしいよな。迷惑だったんじゃないのか? 俺が迎えに行ったり、家に押しかけたり。


「……迷惑だなんて――一言も、言ってませんっ……!」


 気がつけば。……妹の細い腕が、俺の背中に回っているわけで。

 熱を持った、妹の華奢な体。……俺はそれを、そっと抱き返していた。


「……ばか。ばかばかっ、兄さんのばかっ! わたし、寂しかったんですよ? 昔から、病気になってもわたしはいつも一人っきり。誰かに側にいてほしくても、そんな我が侭言えやしないっ……どれだけ寂しかったか、兄さんに分かりますか!?」


 いやいや、ちょっと待て。そりゃ俺も同じだし、何より俺のせいじゃなくてだな――って言うか、お前……今、『兄さん』て。


「いけませんか!? ずっと兄さんて呼びたかった! こうやって泣きたかった! でも、わたしを一人きりにしたお母さんが許せなかった! お父さんが許せなかった! 兄さんが――許せなかったっ……!」


 泣きじゃくりながら、妹は言った。……今日まで溜め込んできたものを、全て吐き出すかのように。

 俺はもう反論することはやめて、それはすまないことをしたなあ、なんて間抜けなことを言いながら、妹の小さな背中を撫でてやった。

 だが、そうして俺が非を認めると、今度は一転して首を振った。


「っ……ごめん、なさいっ……兄さんは悪くないって、ほんとは分かってるんです。兄さんもわたしに会いたがっていたなんてこと、この数ヶ月で嫌と言うほど分かりましたから。――それに、知ってるんですよ、わたし」


 最後の台詞に、少しだけどきりとした。……俺には一つだけ、誰にも――特に、親父やお袋に知られてはいけない秘密があったから。

 妹はくすりと笑って言った。


「小学生の頃から、わたしには、わたしだけの正義の味方がいるんです。そのヒトは、わたしが泣いていたり、寂しそうにしてたりすると、いつもどこからか現れて、わたしを助けてくれるんです」


 凄いでしょう? と言って、妹は屈託なく笑う。……俺なりに、気を遣ってはいたんだけどな。縁日のお面被ったりとか。

 我慢できなかったんだよなあ、なんて自嘲的に笑ったら、今の兄さんを見てれば分かります、なんて妹に笑われてしまった。

 ちょっとだけ悔しくて、恥ずかしかったから。堪え性のない兄で悪うございましたね、なんて拗ねてみた。

 妹は楽しそうに笑って、


「じゃあ、これで許してあげます……ん」


 と。いや、ぶっちゃけ許すも何もお前には悪いことなんて――って、あれ? なんか唇があったかいんですけど。てか、妹の可愛い顔がどアップなんですけど。……これ、世間では接吻て言いませんか。


「っ……ぷはっ……兄さんて、意外と古風なんですね」


 なんであなたはそんなに落ち着いてらっしゃるんですか。


「兄妹だから、ですよ……♪」


 ……なんでそんなに嬉しそうなんでしょうか。てか、兄妹だからまずいんだと思うんデスガ。そこんとこどうよ妹さん。


「……えへへ♪」


 いや、そんな良い笑顔でえへへとか言われてもですね……いや、まあ……いいか。

 なんか兄と言う存在を一足飛びで超えてしまったような気がしないでもないが、それでも一応は『兄さん』と呼んで貰えるようにはなったわけだし。


 何より――


「……これからもよろしくお願いしますね、兄さん♪」


 そう言って笑う妹の姿が、何より嬉しかったから。

 ……前途は多難だろうけど、取り敢えずは。


 ――よろしくな、妹よ。そう言って、キスをした。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはちょっと危険な関係ですね。 いえ、ちょっとではないですか。 妹がいないからかもしれませんが、 こんなかわいい子なら欲しくなりました。 妹がいると、また違うのだということを、 風の噂で…
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