平民の俺が、愛する令嬢を迎えに行くまで ーー必ず戦果を上げて爵位を受け取ってやる!!
かなり趣向を変えてみました。
町外れにある、小さな丘の上の屋敷。
そこには貴族が住んでいた。
領主のおっさんが1人とその妻が1人。
あと令息2人に令嬢1人。
まあ男には興味ないし、肝心なのは令嬢の方。
そこに住む令嬢の名前は、リリアーナ・ベルフォード。
貴族らしく華やかで綺麗な子だった。
村の祭りで数回見たことある程度だけど。
◇
この町は戦時下であることを除けば、どこにでもある田舎町だった。
畑があり、麦を挽く風車があり、昼になればパン屋から焼きたての匂いが漂う。
そして俺は、その町で農家を営む家の息子だった。
一人息子なのでそこそこ愛情込めて育てられたと思う。
特別な才能なんてない。
剣も使えない。習ったこともない。
頭も良くない。……悪知恵だけは働くと母ちゃんにはいっつも言われるけど。
金もない。
ただ、毎朝父親と畑へ出て、土を耕して、種をまいて、収穫して。
そんな毎日を送っていた。
だから。
あの日、町外れで一人の少女と出会ったことは、俺の人生で最大の出来事だった。
農作業が嫌になり逃げ出した日。
町外れを当てもなくふらふら歩いていた俺は、彼女に出会った。
「……お願い。少しだけ、町を案内してくれない?」
それが、彼女との最初の会話だった。
まさに貴族家のご令嬢その人だった。
見るからに良い服を着ていた。
けれど、汗だくの顔は困り果てていた。
どうやら屋敷を抜け出してきたらしい。
俺は少し迷った。
貴族のお嬢様と関わるなんて、面倒なことになりそうだったからだ。
けれど。
「……駄目?」
そう言って彼女が笑った。
その笑顔を見た瞬間。
俺は断れなくなった。
「別に。俺の知ってる場所でよければ」
ぶっきらぼうに答える。
すると彼女は嬉しそうに言う。
「本当?」
「ああ」
「ありがとう!」
それが始まりだった。
町の中央にある噴水。
少し離れたところにある古いパン屋。
子供たちが遊ぶ広場。
川沿いの小道。
丘の上から見える麦畑。
俺にとっては、どれも見慣れた場所だった。
こんな所でいいのか、と何度も聞いた。
でも彼女は、何を見ても楽しそうに笑った。
「こんなところがあったのね」
「知らなかったのか?」
「屋敷の外に出ることなんて、ほとんどないもの」
「それじゃあ、損してるな」
「そうね」
彼女は笑った。
「あなたに会わなかったら、ずっと知らないままだったかもしれない」
その言葉に、胸が妙に熱くなった。
それから俺たちは、何度も会うようになった。
彼女は屋敷を抜け出してきた。
俺は町を案内した。
時には一緒にパンを食べた。
時には川辺で話をした。
何も特別なことはなかった。
ただ、一緒にいる時間が増えていった。
「ねえ、アレン」
「なんだ?」
「あなたは、将来何になりたいの?」
「俺?」
「うん」
俺は少し考えた。
「……農家かな」
「ふふ」
「なんだよ」
「もっと大きな夢を言うのかと思った」
「俺にはこれくらいでちょうどいいんだよ」
「そう?」
「ああ。畑があって、家族がいて、冬を越せるだけの薪があって。それで……そう、好きな人が隣にいてくれたら、それで十分だ」
これが、今の精一杯。
真っ赤になりながら彼女を見つめる。
彼女は黙った。
そして、小さく笑った。
「……素敵ね」
伝わってないのか、と俺は落胆した。
だが、まだ気持ちを伝えるチャンスはあるはず、と気合を入れる。
だが。
そのときの俺は、まだ知らなかった。
彼女がどんな家に生まれたのか。
どんな未来を押しつけられているのか。
そして俺自身が、二年後に何をすることになるのか。
◇
次の日。
深刻な顔をした両親に連れて行かれたその場所。
俺は町の掲示板の前で立ち尽くしていた。
『徴兵令』
戦争が始まってから三年。
ついに、この町にも兵を出す命令が来た。
対象の年齢に該当する男は、原則として軍に参加しなければならない。
俺も対象だった。
「……ついに、俺らの番か」
先程ここにきた、友人が呟いた。
「……」
確かこいつの兄達は何年か前に徴兵されて……。
沈黙が続く。
友人が無理にでも明るく、とあることを言ってくる。
「聞いた話じゃ、戦場で一定以上の功績を上げた奴には、一代限りの爵位が与えられるらしいぜ!
お、俺らなら余裕だろ!」
「爵位……」
俺はその言葉を聞いた瞬間。
リリアーナの顔を思い浮かべた。
貴族の娘。
俺とは住む世界が違う。
どれだけ好きになっても。
どれだけ彼女が俺を好きになってくれても。
俺たちの間には、身分という壁がある。
「……爵位、貴族か」
俺は呟いた。
◇
出立の日。
町の外には兵士たちと、俺たちが集められていた。
そして。
父がいた。
母がいた。
年下の友人たちもいた。
ひとしきり挨拶を終え、俺は荷物を背負い馬車へ向かおうとしていた。
――ただ、彼女に会えなかったのが最後の心残りだ。
そのときだった。
「アレン!」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
息を切らしたリリアーナが立っていた。
今日も屋敷を抜け出してきたらしい。
「どうして……」
「お別れの挨拶に……!」
彼女は笑った。
でも、その目には涙が浮かんでいた。
震える声で話し出す。
「戦争が終わったら、帰ってくる?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対だ」
俺は彼女の前に立った。
これが最後かもしれない。
そう思ったら、言うべきことがすぐ出てくる。
ずっと言えなかったことを口にした。
「俺は、君を迎えに行く」
「……え?」
「功績を上げて爵位を取る」
自分でも馬鹿げたことを言っていると思った。
だけど、言わずにはいられなかった。
「俺は平民だ。君の家に行っても、門前払いされるだけだろう」
「そんな……」
「だから、貴族になる」
リリアーナは涙を拭った。
「でも……」
「なんだ?」
「私……あと二年しか待てないの」
「二年?」
「お父様が決めたの。二年後には、私は結婚しなければならない」
胸の奥が凍った。
「相手は?」
「……商人の家と繋がりがある伯爵家の方」
俺は拳を握った。
「二年だな」
「アレン……」
「なら、二年以内に帰ってくる」
「でも、戦争なんて……」
「帰ってくる」
俺は彼女の手を取った。
「そして爵位を持って、君を迎えに行く」
「……約束?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
俺は笑った。
「だから、二年だけ待ってくれ」
彼女は泣きながら頷いた。
「……待つ」
その言葉を聞いた瞬間、出発の鐘が鳴った。
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
「リリアーナ」
「なに?」
「好きだ」
彼女は目を見開いた。
そして。
「私も」
それだけだった。
◇
戦場は怖かった。
俺は最強の英雄にはなれなかった。
敵を何十人も倒したわけでもない。
大きな作戦を成功させたわけでもない。
何度も逃げた。
何度も震えた。
仲間を失った。
それでも。
俺は生き残った。
生き残って、戦果を上げ続けた。
夜闇に潜んで単身闇撃ちを行った。
ヘドロの中に隠れ潜み、敵の作戦を盗み、本部に届けた。
三日三晩何も食べずに敵陣地に工作を行い、諸共爆破させた。
そして二年目の終わり。
戦争が終わった。
俺には、一枚の紙が渡された。
『戦役における功績を認め、一代限りの騎士爵を授ける』
そして、今後生活に困らないだけの報奨金。
どうやらお国は相手の国からたんまり金を奪い取ったらしい。
俺は紙と両手から溢れる金貨何度も見た。
夢じゃない。
「……帰れる」
俺は呟いた。
リリアーナのところへ。
◇
早掛けの馬に乗り、急いで町に戻った俺を待っていたのは、祝福だった。
だが、哀れみの言葉も多かった。
誰もが口々に言ったのだ。
「間に合わないぞ」
「今日だ」
「リリアーナ様の結婚式だ」
「相手はグラント伯爵家の三男だ」
その言葉を聞いて。
俺は走った。
教会へ。
息が切れた。
足が痛かった。
けれど止まらなかった。
荘厳な教会では今まさに式をやっているようだ。
俺は入り口に立つ守衛を殴り飛ばすと教会の扉を勢いよく開けた。
「――待ってくれ!」
全員が振り返った。
祭壇の前には、白いドレスを着たリリアーナ。
その隣には、結婚相手の男がいた。
醜いくそデブがいやらしい目でリリアーナの両肩を掴んでいる所だった。
キスされる寸前のようだった。
「誰だ、貴様は!」
男がキスを邪魔されて怒鳴ってくる。
俺は答えなかった。
リリアーナだけを見た。
彼女は泣いていた。
「アレン……」
「遅くなった」
「……遅いよ」
「悪い」
俺は息を整えた。
そして懐から紙を取り出した。
「俺は戦役における功績を認められて、一代限りだけど騎士爵をもらった」
教会内がざわめいた。
「それから、報奨金もある」
俺は紙を握りしめた。
「だから、もう平民じゃない」
俺はリリアーナに手を伸ばした。
「迎えに来た」
男が叫んだ。
「ふざけるな! その女は私の妻になるんだぞ!」
男はリリアーナの腕を掴もうとした。
彼女が怯えて身を引く。
「触らないで!」
初めて聞いた。
彼女の、あんな声を。
「私はあなたなんかと結婚したくない!」
「何を言っている!」
男の顔が醜く歪んだ。
「貴族の娘が、農民上がりの騎士などと!」
「農民上がりでも騎士は騎士だ」
俺は言った。
「そして、彼女が選ぶ相手は彼女が決める」
男は怒鳴り散らした。
「貴様に何ができる!」
「何もできない」
俺は答えた。
「俺は英雄じゃない」
「……」
「戦争でだって、何度も怖くなった。逃げたこともある」
俺はリリアーナを見る。
「それでも、彼女との約束だけは忘れなかった」
リリアーナの目から涙が零れた。
「だから帰ってきた」
俺はもう一度、手を差し出した。
「リリアーナ」
「……うん」
「一緒に来てくれるか?」
彼女は泣きながら笑った。
「最初から、そのつもりだった」
彼女の手が、俺の手に重なる。
俺たちは走った。
教会の扉を開けて。
町の通りへ。
後ろから誰かが叫んでいる。
そんなことは、もうどうでもよかった。
「どこへ行くの?」
「さあ」
「考えてないの?」
「考えてない……けどまあ俺の領地かな。ほぼ未開拓の」
「ふふっ。貴方領地経営とかできるの?」
「……いや、まったく。……でも」
俺は彼女の手を握った。
「二人なら、なんとかなるだろ」
「……うん」
戦争が終わった。
爵位は一代限り。
貰った領地もほぼ未開拓の地。
金も、いつかなくなる。
俺には特別な才能なんてない。
彼女だって、家を捨てた令嬢だ。
きっとこれから、苦労する。
何度も喧嘩するだろう。
後悔する日だってあるかもしれない。
それでも。
「アレン」
「なんだ?」
「どのくらいの距離なの?」
俺は笑った。
「知らない。まあずっとこっちに走ってれば着くよ」
「そっか」
「……不安か?」
「いいえ」
彼女は俺の手を握り返した。
「だって、あなたと一緒ならなんとかなる気がするもの」
俺たちはそのまま町を出た。
彼女に貰った領地までの地図を読んでもらって、とにかく突き進む。
……方向は合っていたようでホッとしたのは秘密。
二年前。
俺は彼女に約束した。
――必ず、君を迎えに行く。
そして今日。
その約束を果たした。
ここから先の人生に、何が待っているのか。
俺には分からない。
ただ一つだけ、分かっていることがある。
俺はもう、彼女の手を離さない。
それだけで。
今は十分だった。
この先彼らは開拓民と手をとってなんとか上手く生活出来るようになります。……きっと。




