第7話 実技試験 後編
脳が、体が逃げろと俺に告げている。
それくらい他の受験者とは格が違う。
ルーヴァの存在を中心に、空気がわずかに重くなる。
まるでこの空間そのものが、彼を“中心”として形作られているような圧。
目の前の少年は、ドームに反射する陽光を受けて、淡く輝く白銀の髪を持っていた。
一本一本が細くしなやかで、僅かな微風を受けるたびにさらりと流れ、まるで白い光そのものを形にしたかのような透明感がある。
瞳はさらに異質さを放っており、純白──色という概念すら拒むような無垢な白。
しかしそこには温度がない。深い雪原のように静かで冷たく、見つめられると内側まで透かし見られるような錯覚すら覚える。
彫刻じみた端正な顔立ちは中性的で、年齢相応の幼さを残しつつも、どこか完璧すぎる不自然さが漂う。まるで造られた存在のようだ。
肌は陶器を思わせる白さで、血色が薄いのに病的ではなく、むしろ神秘的な印象を与えていた。
服装はひと目で特別製と分かる純白の魔導衣だった。
派手さはない。しかし他の受験生のどんな衣装より洗練されている。
上着は身体のラインを邪魔しない軽装ローブだろう。
恐らく薄い魔繊維で織られており、見ている限り羽のように軽いのに刃すら通さない特別素材製だ。
動けば裾が静かに揺れ、まるで光を引くような滑らかな軌道を描く。
下衣は足捌きを重視した細身の白ズボン。
ただの布ではなく、恐らく魔力の流れに合わせて伸縮する特殊素材だろう。
その証拠に俊敏な動きにも皺ひとつ寄ってない。
腰にも細い銀帯が巻かれていやがる。
なんか紋章が控えめに刻まれてるのが分かる。
……多分名家ですっていう主張なんだろう。
「閃撃スパーク・ダート」
俺は両手から雷弾をルーヴァに放つ。
先ずはこの魔法で様子を見る。
「いい魔法だ。だが遅い」
「何!?」
俺の魔法を軽々と避ける。白いブーツが歩いた場所が青紫に光っている。
何だ、魔法? 装飾? わからんけど、とにかく普通じゃない。
「今度はこっちの番だ。試させてもらう」
空中から細長い純白の剣が創造され、ルーヴァの右手にスッと収まる。
次の瞬間、目の前の少年は俺の視界から消えた。
「がはっ!」
次の瞬間俺は剣の鍔で背中を殴打され、右前方数m先へと無様に吹っ飛んだ。
身体中に激痛が走る。
「次の攻撃だ」
「くそっ」
俺は腰に巻きつけてある小さなポーチから再び魔道具を取り出す。
そしてそれを口に咥えた。
「つっ! これは」
「二度も同じ手は喰らうかよ」
「なるほど防御技か」
魔道具の正体は小さな棒状の魔石。
魔粒子を予めそこへ溜め込んでおき、因子と共鳴させることで発動時間をほぼロス無しで行える。
今回は自身の体から雷を放出させた。これはアルシェリア曰く、魔法とは別物である。
「溜め込んだ魔粒子を器官と共鳴させ、エネルギーとして放出する。単純だが厄介な技だ」
流石に何度も防げるとは思えない。器官はまだ無事だが、このままでは確実に負ける。
降参するか? いや異世界に来てまで逃げたくない。
「雷穿スラスト・ボルト」
俺は掌をルーヴァに向ける。極細の雷光が一点に収束し、槍のように射出される。
溜め込める限界値まで魔粒子を体内に取り入れ、魔法因子が刻まれた器官と最大共鳴させる。
猫耳少女に使用した時と比較しても威力は段違いだ。
「白刃ノ律シルヴァ・レギュレート」
「!?」
俺の魔法が届くより前に、空間を走る白銀の線が、ルーヴァの周囲に数本展開される。
そして俺の魔法がその線に激突し、消滅した。
「な? 何が起こった」
「凄い威力だ。まともに喰らえば貫通していてもおかしくはなかった。防いで正解だったようだ」
「何をしやがった」
「僕のこの線は触れたものを、抵抗する間もなく“切断された状態”で存在を分離させる。君の雷の槍を原子レベルまでバラバラにさせてもらった」
周囲がざわつく。試験官も思わず大きく目を見開く。
「これが例のセレシオン家の天才ですか」
「もう生徒レベルを完全に超えてやがる。中止させた方がいいんじゃねえの」
「もう少し様子を見ます」
「どうなったって知らねえぞ」
背後で試験官が何やら神妙な面持ちで話し合っている。
つーか試験止めろよ。こんなチート野郎に勝ち目ねえだろ。
「まだ何か隠し持っているだろう。見せてくれないか」
「⋯⋯ ⋯⋯ 」
「何か事情があるようだが僕は君の全てを見てみたい」
「何でそこまで俺にこだわる。初対面だろ」
「直感がそう告げているんだ」
純白の眼が俺を冷静に見つめてくる。
さてどうするか。勝てる可能性があるとすれば、あれを使うしかない。
だがアルシェリアとの約束が。
「もう一度言う。君の全てを見せてくれないか」
ルーヴァは右手に携えている剣をあらためて持ち直し構える。
迷ってる時間はねえ。ごめんアルシェリア。
「複写展開」
「!?」
その瞬間この試験会場全体の空気が一変した。
俺の中で何かが弾けたような感覚がした。
魔粒子の流れが──“見える”。
いや違う。
読める。書き換えられる。複製できる。
「術式番号01、アルシェリア式・光魔法……起動!」
「光槍」
その瞬間、圧倒的な密度で構成された光の槍が音を置き去りにする速度でルーヴァへと飛んでいく。
「これは!?」
咄嗟に剣で弾くルーヴァ。しかしその威力は凄まじく受け止めた衝撃によって後方へと後ずさる。
青紫色に地面が点々と光っており、その光の下には摩擦で削られた地面が見えていた。
「光魔法。それもアルシェリア・ルミナリアの魔法」
「さすがだな。あれを防ぐとは」
俺の魔法を見た受験生や試験官は驚きを隠せず、ざわつき始める。
周囲の俺を見る目が確かに変わった瞬間だった。
「どういう事だ。あの魔法は光魔法、それもアルシェリアのお嬢ちゃんの魔法だ」
「口上から見てコピーしたという事でしょうか」
「コピーだと!? バカなそんな魔法聞いた事ないぞ」
「ユニークスキルではありませんかね」
「馬鹿も休み休み言え。ユニークスキルは希少性が高く、一部の家系、その中でも一握りの人間にしか出現しない代物だぞ」
「しかし他に説明がつきませんが」
何やら俺の魔法を見て、試験官同士が揉めているようだ。
やっべー。アルシェリアに怒られる。使っちゃった。
そう五日ほど前にこの能力に気づいた俺は、アルシェリアに相談した。
その結果希少性がめちゃくちゃ高いらしく、人前に出すべきではないとの判断に至った。
まあこの話はまたおいおいするとして。
「これは驚いた。想像以上だ。その口上からしてコピーかな?」
「さあどうだろうな。それよりまだやるか?」
「僕としては戦いを続行したいんだが、後ろの試験官がそう言ってなくてね」
「は?」
突如俺の後ろの首袖を捕まえて、俺を持ち上げる大柄の男試験官。
「何しやがる?」
「試験は終了だ。これ以上は試験という枠組みを超えるため、戦わせるわけにはいかない」
「は? 何言ってやがる。俺はまだ負けてないぞ」
「安心しろ。失格じゃない。むしろ合格だ。まあ結果は追々伝えるとして、今日は解散だ。いいなルーヴァ・セレシオン」
ルーヴァはその言葉が耳に届くと、創造した細長い剣を目の前で消滅させる。
「分かりました。今日のところは剣を収めましょう」
そう言うとルーヴァは俺の元へと歩み寄り、握手を要求する。
差し出された手には先ほどの衝撃の火傷跡が残っていた。
「大丈夫か?」
「これくらいすぐ再生できる。それより君とは良き友人になれそうだ」
「変な奴」
俺は差し出された手を握って握手する。
案外悪い奴じゃなそうだ。
「試験終了です。お疲れ様でした。各自速やかに試験会場から退出してください」
終わったー。何とか乗り切ったな。
多くの生徒が未だ俺を見てくる。
一気に注目されてしまった。やっぱりそんなにこのユニークスキルってやつはすごいのかな。
生徒たちがどんどん試験会場を後にする。
俺も急いで帰ろうとした時、出口によく見知った美少女が表情を歪ませて待っていた。
「げ!」
「何が、『げ』よ」
「すみませんでした」
「全く人の魔法までお披露目しちゃって」
「ぐにみゃません」
アルシェリアに両頬を引っ張られて反省させられる。
暖かい彼女の手が俺の頬の血流を良くする。
「まあ、取り敢えずお疲れ様」
「ああ、楽しかった」
アルシェリアが微笑んで俺を労う。
俺も笑顔で返して、素直な心境を述べた。
俺のアルヴェリア王立魔導学院の試験は幕を閉じた。
魔導学院試験編終了です。面白いと思っていただけたら是非評価、ブクマ、リアクションをくれると嬉しいです。作者のモチベーションアップになります。よろしくおねがいします。




