第24話 絶望
突如上空に現れた謎の黒い鎧は、俺に死を覚悟させるには十分過ぎるほどの異質さだった。
猛烈な恐怖感と寒気、震えが止まらない。息が苦しい。
体が言うことを聞かない。動けない。
どうする、どうするのが正解だ?
落ち着け、冷静になれ。取り乱すな。
先ずは状況を見極めろ。
「あれの狙いは俺だと思うか?」
「言っちゃ悪いけど、その可能性は高そう」
「だよな。だったら──」
「待って、変な気は起こしちゃ駄目。自殺行為に繋がる」
「だけど、このままじゃ」
アルシェリアが、何とか少しだけ体を動かす。そして地面に座り込んだ。
彼女はゆっくりと小声で指示する。
「夜蓮、取り敢えずこのまま静かに様子を見るわ。貴方が目的ならこっちに来るはず。先ずはそうかどうかを見極めたい」
「俺だった場合、一緒にいるお前が危険に晒される。あのレベル相手じゃ守れない。反対だ」
「甘く見ないで。その時はその時で何とかするわ」
「つっ──わかった」
俺はアルシェリアの、いつにも増して真剣な表情と力強さに押され提案を受け入れる。
本音で言えば、俺が原因でアルシェリアを危険には晒したくない。だがその本音を訴えたところで彼女は引き下がらないだろう。
「動かないわね。まるで静止してるかのような」
「そもそも人なのか? 生物なのか?」
黒い鎧は禍々しく、光を一切反射していないレベルだ。地球の西洋の甲冑に近い構造をしている。が、決定的に違う点は質感だ。見た事のない素材で出来ている。竜の鱗のような模様があちらこちらに刻まれている。異質さが際立っている。
しかも鎧の周囲には、漆黒と紫を混ぜたような悍ましい色が渦を巻いて、身に纏わりついている。触れた瞬間、侵食されて存在を抹消させられるのが容易に想像できる。
「危ない、アルシェリア!」
俺は咄嗟に体を動かして、アルシェリアを抱き抱えて少し離れた地面に転がる。
咄嗟ゆえに、着地が上手くいかず地面に背中から落ちる。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ああ問題ない。それより無事か?」
「ええ無事よ。ありがとう。でもこれやばいわよ」
「ああ、何とかしないと」
突如黒い鎧は纏っているオーラと同じ色のエネルギー弾とも呼ぶべき球体を、複数王都に撃ち込んできた。
その一発が運悪くか、狙われたのかは不明だが、俺たちの場所に落ちてきた。咄嗟の回避で事なきを得たが、振り返るとそこは地獄だった。
放たれた球体が落下した場所は、まるで存在を燃やされたかのように消し炭となる。
漆黒と紫色を混ぜたような炎が今もメラメラと激しく音を立て燃え上がっている。
「冗談じゃねえぞ。あんなのまともに喰らったら」
「それもそうだけど、このままじゃ王都そのものが壊滅するわよ」
「アルシェリア、戦うしかない。狙いに関係なく」
俺の言葉に力強く頷く。俺もアルシェリアも恐怖に打ち勝ちながら、必死に体を動かす。上空を見上げ、覚悟を決める。
「遠距離攻撃で牽制するか?」
「それが得策かも。もう様子を見てる場合じゃない」
「一撃で決めるわよ」
「ああ」
俺とアルシェリアは謎の黒い鎧に向かって、強力な遠距離魔法を発動する。
正直、肉体が持つかは怪しいが、この際そんな事言ってられない。
今ここで、限界に挑むしかない。
「複写展開」
「術式番号01、アルシェリア式・光魔法……起動!」
「光槍」
「白銀裁断」
高密度で圧縮された光の矢が、黒い鎧目掛けて一直線に飛来していく。
音すらも置き去りにして。
一方アルシェリアが放った技は、恐らく空間そのものを“白銀の刃”として飛ばす遠距離斬撃。速度は光速で実体はない。
二人の放った強力な技は大抵の物を破壊する威力だ。
しかし目の前の黒い鎧に常識は通用しなかった。
「!? ははっ、まじかよ!」
「全くとんだ化け物ね」
光槍も白銀の刃も鎧本体に届く前に、纏うオーラに阻まれ消される。
黒い鎧は全く微動だにせず、静止している。
「はあ、はあ」
「夜蓮もう限界な筈。これ以上は肉体が持たないわ」
思った以上にガタが来ている。明らかに使い過ぎた。
このまま使い続けたら間違いなく俺は死ぬ。
「夜蓮、またさっきの攻撃くるわよ」
「つっ────」
再び得体の知れない球体が、今度は数十発王都に襲い掛かる。
その内の一発が再び俺らの場所へと着弾する。
だが次の瞬間、俺とアルシェリアは誰かに助けられる。
「無事かい夜蓮、アルシェリア」
「ルーヴァか。助かった」
「何とか無事よ。また助けられたわね」
俺たちを助けたのはセレシオン家の天才ルーヴァ・セレシオンだった。
相変わらず独特なオーラを身に纏っていやがる。
だが正直めちゃくちゃ心強い。
「で、あれは何だ?」
「さあな。急に現れやがった」
「今の攻撃も人間の域を超えてる。神か何かなのか?」
「あんな不気味な姿でか?」
「確かにそれもそうだ。では悪魔か?」
アルシェリアが、少し呆れた様子でルーヴァを見る。
天然さを感じ取ったアルシェリアは、小さくため息を吐く。
「今は正体より、どう対処するか考えないと。このままじゃ王都壊滅も時間の問題よ」
「遠距離が駄目なら、近距離はどうだ?」
「オーラを消せればワンチャン」
あのオーラを解析できれば消せるか?
重力球を解析して反重力球を生み出し相殺したように。
だが、もしまたコントロールできなかったら。
そもそも肉体が持つのか?
「駄目。危険すぎる、させないわよ」
「まだ何も言ってないだろうが」
「どうせ、あのオーラを解析して、反要素で相殺しようとか考えてるんでしょ」
「ぐっ、お前エスパーかよ」
「それくらい短い付き合いでもわかるわよ」
俺は不服そうに頬を軽く膨らませる。
そんな俺を見たアルシェリアは、大きく溜息をついた。
「私とルーヴァで近距離攻撃するから、夜蓮はそこで休んでなさい」
「は? そんな訳に行くか。まだ戦える」
「そんな訳ないでしょ。本当はもう限界だって気付いてるんでしょ」
確かにアルシェリアの言う通りだ。俺の肉体は限界に近い。
1日に複写展開を多用し過ぎた。特にカインとの戦闘で使った虚重反転球の負担が大きい。
しかし見ているだけで本当にいいのか?
「わかった。でも何かあれば躊躇なく使用するぞ」
「わかったわ。その時は夜蓮の好きにしなさい」
アルシェリアも俺の覚悟を組んでこれ以上は否定しない。
横にいるルーヴァも真剣な表情で話を聞いてくれていた。
「僕とアルシェリアで、まずあれのオーラをどうにかする。それでも駄目な場合は夜蓮に任せる。これでいいかい?」
「ああ。頼んだぞ二人共」
俺は地面に座り込んで、二人を信じる。
信じた上で、覚悟だけは決める。
「じゃあ行くわよ」
「ああ、行こう」
二人は地面を強く蹴って、反動で一気に黒い鎧まで近づく。
そしてそのまま攻撃を行う。
「白き理よ、刃となれ。
穢れを断ち、道を穿て。
——白銀閃」
「白域、局所展開。
触れし律を、砕け――
白域・砕律」
二人の強力な攻撃が黒い鎧を襲う。
禍々しい身に纏うオーラが、まるで意思を持ったように渦を巻く。
二人の攻撃が渦巻いたオーラに吸収される。
そして初めて黒い鎧が反応を示す。
「ほう見事。しかし所詮下等生物。我には勝てん」
「こいつ!? 言葉を!?」
「アルシェリア! まずい避けろ!」
二人に対して突如具現化させた黒刀を振り翳す。
アルシェリアとルーヴァは咄嗟に左右に分かれ回避する。
振り翳した剣による斬撃は空間を切り裂く。
ぽっかりとした真っ黒な穴が、そこには広がっていた。
「よく回避した。褒め称えよう」
二人は苦悶の表情を見せる。
二人の目つきがさらに鋭くなる。
「君は一体何者だ? 何故こんな事をする」
「やはり何も知らぬか。しかし、まあ良い。質問に答えてやろう。我は漆黒の破壊者。脅威を破壊する者」
「脅威!? それは誰のことだ」
「答える義務はない。我はただ命令を遂行しているに過ぎない」
「命令だと? それは誰にだ?」
「答える義務はない。二度も言わせるな」
俺にもはっきり聞こえる。まるで脳内に響くように言葉が体内に入り込んでくる。
漆黒の破壊者だと!? 脅威を破壊するって、まさか──俺か?
やはり俺を狙ってここへ来たのか?
「手当たり次第に攻撃してる風に思えたけど? 矛盾してない?」
「我は脅威を破壊するだけだ」
「答える気はないってことね」
二人が再び臨戦体制をとる。
だが、このままでは殺されるのは時間の問題だ。
やるしかない。覚悟は決めた筈だ。
「複写展開フォージ・コード」
「対象解析──漆黒紫渦オーラ」
「構造:侵食型因子干渉」
「位相:強制重畳」
「定義:破壊優先・防御付随」
「虚律遮断殻」
俺は最後の力を振り絞って、黒い鎧の渦を解析する。
そして新たなスキルを生み出す。
「渦が消えた!?」
「これはまさか!?」
俺の魔法で黒い鎧が身に纏う渦が完全に破壊され消失する。
それと同時に俺は大量に口から吐血する。そして地面に倒れ込み蹲る。
激しい痛みと眩暈、冷や汗、動悸が襲い掛かる。
今までで一番酷い。意識が朦朧とする。
「これは見事。驚くべき脅威だ。まさかここまでとは」
黒い鎧は感心の意を述べる。だが余裕を崩さない。
「夜蓮!?」
「アルシェリア、今すぐ彼を治療するんだ」
「わかってる」
アルシェリアは急いで俺を治療しようと向かってくる。
「ぐあっ! 駄目だ、もう」
何度も吐血を繰り返す。赤黒い血の塊が何度も地面に付着する。
ははっ、ここまでか。折角異世界転移できたのにな。
まあ、人生そう上手くは行かないか。
「夜蓮しっかりしなさい!!」
アルシェリアの声が微かに聞こえる。
しかしもう言葉の意味を理解する機能は停止していた。
「こんなところで死ぬのは許さない!」
朦朧とする意識の中、彼女の瞳の色が紅色に変化するのが見てとれた。
静かな輝きを放つその瞳は見惚れるほど綺麗で、吸い込まれそうになる。
そこで意識は途絶えた。
「夜蓮!? これは──!?」
突如意識を失った大凪夜蓮の肉体が光り出す。
大凪夜蓮の体から謎の因子が魔法陣の形をして浮かび上がる。
「これはまさか──!?」
事件は終わらない。それどころか混沌を極め、収拾をつかなくする。
事態は急展開を迎える。
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