第22話 リスク
さっきまでのカイン・ヴォルグラードとはまるで雰囲気が異なる。
人格どころか、オーラそのものが異なっている。
「どうした、その程度か?」
「ちっ──」
先程の光槍を軽々と回避され、煽られる。
異常な程の身体能力向上と動体視力の良さ。
こうも、人格が入れ替わるだけでここまで変化するのか。
カインの連続の蹴りをギリギリで回避する。
雷紋スタティック・ステップを用いて一度距離を取る。
「どうした? だいぶ息が上がっているようだが」
「そりゃ、動いてんだから息ぐらい上がるだろ」
一撃一撃が重くて速い。風が蹴りで分断される程に。
まともに喰らえば致命傷になりかねない。
かといって、いつまでも逃げ続けるのは無理だ。
早いとこけりつけねえと。
「そんなに俺の因子が欲しいのかよ」
距離を取った上で煽り口調で言葉を発する。
一瞬の集中力欠如がこの戦いを左右する。
こういう戦いに置いて、心理的攻撃は有効打になる。
「ああ、そうか。表の俺が伝えたのか。余計な事をベラベラと」
「で、結局どうなんだよ。他人を殺してまで奪う意味がお前にはあるのかよ?」
「ふっ、お前は自分が恵まれた立ち位置に居ると理解していない。誰もがお前の能力が欲しいと、心の底から思っている」
「俺にとっちゃたまったもんじゃねえけどな」
「ふっ、だろうな。だがこの世は弱肉強食だ。諦めろ」
話すだけ無駄か。見逃す気も全く無さそうだし、感情的にもならず冷静でいやがる。
やはり戦って勝つしかない。複写展開の本日の使用限度は恐らく、残り数回。しかもそれは複製する技の規模にもよる。
前回の学院襲撃時にノクス・ヴァルディオンの重力球のような攻撃を相殺するために、虚重反転球 を複写展開で生み出した。
あのレベルの複製をするには、とんでもない魔粒子の量と魔法因子の活性化をしなくてはならない。恐らく一度が限度だ。もしかしたら一度すらも耐えられないかもしれない。だが中途半端に複製するぐらいなら大技に賭けたほうが勝率は高い筈。
「黒因子強化」
「!?」
カインの全身が黒い渦に包まれる。それと同時に俺の視界から奴が消える。
どこだ、何処へ行きやがった。
「ここだ」
「がっ!」
まともに右腕に回し蹴りを喰らい、後方へと吹っ飛ぶ。
数秒の後、右腕の骨が軋む音がして、猛烈な痛みが全身を襲う。
「ぐあっ!」
「先ずは一本」
骨が粉々に折れやがった。一撃でこれかよ。
あの黒い渦が関係しているのか?
まずい。何度も喰らえば死ぬ。
「二本目──?」
「雷紋」
「小賢しい真似を」
俺の足元に薄い雷紋が浮かび上がる。地面を蹴って素早く反対方向へと移動する。
地面を蹴った事で焼き焦げた後と臭いが残る。
すぐに体制を整えて詠唱する。
「複写展開フォージ・コード
対象:魔粒子構造、魔法因子……
制限解除。完全同期」
「複写展開フォージ・コード」
「対象ユニークスキル:反重力干渉……解析完了」
「魔粒子・因子・重力定義、完全再現」
「術式番号04、ノクス式・重力魔法……起動!」
「虚重反転球 」
俺は掌を前に突き出し、魔力の流れを反転させる。
空間が鈍い音を立てて、軋む。
掌から巨大な、光すら歪ませ吸い込むような歪な球体が空間に突如として出現する。
黒でもない、闇でもない、重さそのものが反転した虚。
周囲の空間がまるで悲鳴を上げてるかのように鈍い音を響かせる。
次の瞬間、球体の周囲で重力が崩壊した。
瓦礫が、建築物が、自身が宙に逆流する。
敵の体が、上でも下でもない球体の中心へ引き寄せられ浮かび上がる。
「なっ、これは……!?」
球体の有効範囲の全ての物が中心へと吸い込まれていく。
最初に吸い込まれた瓦礫が音すらも置き去りにして、静かに歪み消滅する。
それはブラックホールに似た、しかし全く異なる現象だった。
「はあ、はあ。がはっ!」
俺の肉体が限界を迎えて悲鳴をあげる。中心に引き摺り込まれながら、大量の吐血と激痛に見舞われる。
最早自身ですらコントロールは出来ていない。
「ははっ、悪いな。コントロール効かなくて」
「ちいっ、クソが! 道連れにするきか」
カインの黒い渦すら最早意味を成していない。それどころか中心に向かうにつれ、黒い渦は消滅していく。
さらに俺の攻撃で重症を負った女性も意識がないまま、中心へ引き摺り込まれる。
「ぐっ──させねえ。お前に死なれては困る」
「はあ、はあ。つっ──もう遅えよ。一緒に死ね」
次々と物質が吸い込まれ歪み、消滅する。
魔力でコーティングされてる俺たち人間は、必死で抵抗しているのか、吸い込み速度が少し遅い。
「虚殻定着」
カインが無詠唱で魔法を発動する。
その直後俺とカイン・ヴォルグラードだけの動きが静止する。
まるで時間が切り離されたかのように。
「がはっ! くそ、まだやはり万全じゃなかったか!」
「お前何をしやがった?」
「はあ、はあ。がはっ。ご、ごちゃごちゃうるせえよ。黙ってろ」
俺と同じく口から大量の吐血をするカイン。
それどころか、両目からも出血しており、苦悶の表情を浮かべている。
どうやら俺と同じ、かなりの無茶をしているようだ。
俺とカイン以外の時間は動いたままで、中心にどんどん引き摺り込まれ、消滅する。
そして目を覚ます少女。
「はい!? な、何ですかこれ? た、助けてください!!」
状況を理解したのか、傷のことすら忘れパニックに陥る。
顔が青ざめ必死に体を動かそうとして、抵抗する。
「いやだ、嫌ですー、死にたくない。おいカイン・ヴォルグラード、なんとかしろ!!」
「…………」
「おい、何とか言えよ役立たずが。ふざけやがって、私を盾にして、今度は見捨てる気かよ!!」
「残念だが死ね。恨むなら横の男を恨むんだな」
カインの無情な言葉に掠れた恨み声を腹の底から出す。
だがもう彼女は手遅れである。
俺は少しの罪悪感からか、謝罪する。
「悪いな、恨めばいい」
「ふ、ふざけんなああああああっっ!! い、嫌だ、し、死にたくない。た、助けてください──」
無惨にも彼女は反重力球に吸い込まれ、形が歪み、消滅する。
流した涙すら、吸い込まれ彼女の存在は消えた。
「!? おい早く消せ!! このままじゃ全員死ぬぞ」
「あ? そんなこと言われたって消せねえよ」
「つっ──くそこのままでは」
カインが魔法の使用をやめず、自身と俺の時間だけを静止させている。
しかし、負担が大きいのか吐血をさらに繰り返す。
やべえ、どんどん球体が大きくなってやがる。
このままじゃいずれ都市丸ごと消滅させてしまう。
どうすればいい? 考えろ、考えろ。
『カワレ』
「つっ──またこの声!?』
『カワレ、ハヤクシロ』
「変われって言われても──」
激しい頭痛と眩暈に襲われ、突然俺の意識は奪われる。
視界が完全にブラックアウトし、意識も消える。
「マッタクコレダカラ、コンナヤツガウツワハイヤナンダ」
「だ、誰だ? お前、大凪夜蓮じゃないな」
「ニンゲンゴトキガハナシカケルナ。フカイダ」
後にその姿を見た者は、大凪夜蓮であって、大凪夜蓮ではない何かと語る。
この世のものとは思えない何か──── 恐怖の根源が、人の皮を被って立っていた。




