第20話 神眼書
※学院襲撃直後
レオンハルト・クロイツside
「おい、どう言うつもりだ?」
「珍しく冷静さが少し欠けているね、レオンハルト」
「当然だ。学院が襲撃されて、なお『傍観』していろとお前の口から聞かされたんでな」
私は今、学院長室でこの胡散臭い男を問い詰めている。
「学院は結界で守られている。住民の避難は教師陣に当たらせている。何も問題ないよ」
「問題ないだと? 死者が出てるかもしれないんだぞ。それ以前にこれは立派なテロ行為だ。なのにお前は野放しにするつもりか?」
私の方を見て軽く微笑むと、椅子から立ち上がる。
「いや野放しにするつもりはないよ。襲撃者に対しては彼らに何とかしてもらおうと思ってる」
私はその一言に眉を顰める。
「大凪夜蓮か?」
「ああそうだ。今、彼らは丁度タイミングよく学院の外側にいる。彼らの性格からして放っては置けないだろう」
「まるで全てを把握してるような言い方だな」
目の前の学院長こと、ルシウス・エヴァレインが書架の方へ歩み、口を開く。
「レオンハルト、君は神眼書という存在を知っているかな?」
「? 神が記したとされる書物だろう? それがどうした」
神眼書──神が記したとされる書物。普段は空白で必要に応じてページが更新される代物。記した神の名に関しては諸説あり、定かではない。正確な数は不明だが、少なくとも世界に10冊は存在するとされている。
「襲撃者の一人カイン・ヴォルグラードはその神眼書を所持している」
「何!? いや、待て。何故お前が襲撃者の名前を知っている」
「彼は十剣でもある。そして狙いは恐らく大凪夜蓮だ」
「おい誤魔化すな。どこまでがお前の予定調和だ」
私とルシウスの視線が合う。真剣な顔で鋭く目を尖らせる私に対して、目の前の男は狂気を隠した瞳と作られた笑顔を見せる。
「少し脱線したが、要は彼らの成長のために必要不可欠な出来事になるって事だよ。だからこれから、この王都で起こる出来事に君が介入するのは相応しくないんだ。賢い君に理解を望むよ」
「そんな戯言が通用するとでも思っているのか。生徒を守り成長させるのが教師の役目だ。どこの世界に生徒を危険に晒す教師がいる」
私は埒が明かないと思い、学院長室を去ろうとする。
その時だった。部屋の空間に違和感を覚える。
「やはり君は一筋縄では行かない。出来れば手荒な真似はしたくなかったが」
これは!? 空間転移? いや隔絶か。
「どう言うつもりだお前。自分が何をしているか理解してるのか」
「ああしてるよ。僕は僕にとって常に合理的で生きているつもりだ」
「くだらない押し問答はやめにした。一方通行で行かせてもらう」
私は魔力を解放し、空間そのものを破壊しようとする。
空間に軋むような音がし始める。
「流石に君はすごいな。だが全て予定調和だ」
「!? まさか?」
「察しが良くて助かるよ」
くっ、これはただの空間じゃない。零空間か。
だが、この空間を生み出せる人間などいる筈がない。
「ルシウス・エヴァレイン。貴様一体何者だ!」
「その話をするには今日の時間の余白では足りないようだ。最近忙しくて疲れが取れていなかっただろう。この機会にゆっくり休むといい。おやすみレオンハルト」
「覚えていろ。眠りから覚めた時が貴様の最後だ」
私は最後に学院長に言葉で噛み付く。
ルシウスの満面の笑顔が私の瞳に張り付く。
悪い、リリア。ドジを踏んだ。
そして大凪夜蓮、お前を信じる。
私は微睡から深い眠りに襲われ、意識を消失した。
学院長室にはルシウスと契約精霊のアルバ・フェンリスのみが残されていた。
ルシウス・エヴァレインside
「これで良かったのかよ?」
執務机の下からひょっこりと可愛らしく姿を見せる精霊。
レオンハルトですら気付けない神格精霊。
「必要な事だからね。失敗は許されないんだ」
「にしても零空間は、ちとやり過ぎじゃねえの?」
「彼は甘くない。こうでもしないと介入されてしまっていた」
零空間── 世界の法則そのものを一時的に「未定義状態」に戻す特異領域。魔法・物理・因子・概念干渉すら成立しない完全無力化空間。
別名『神の空間』とも呼ばれる。
「まっ、俺にはどうでもいいけどな。それよりそろそろ退屈してきたぜ」
「まだ君の出番は先だよ。もう少し様子見だ」
「ちっ、マジかよ。つまんねえの」
アルバが大きな缶詰に入ったクッキーを漁って口に頬張る。
口の横についた食べかすを僕は手で拭う。
「さて、お膳立てはしたよ大凪夜蓮。後は君の頑張り次第だ」
僕は別空間から一冊の本を取り出す。
その本の表紙にはある言語でこう書かれていた。
──── 原初黙示録と。




