第14話 神選者
魔導学院で起きた事件から1日が経過した。
何事も無かったかのように、普段通りに学院は運営されていた。
「なあなあ、ヤレン君体調どう? あれから何ともないの?」
「ああ問題ないよ。今の所はだけどね」
「そんならよかったわ。結構心配だったんよ」
俺はフィオナに嘘をついている。
昨日の事件以降、未だに体の節々が痛む。
時折激しい頭痛にも見舞われる。
これが副作用なのかは不明だ。
だが使用頻度は考えるべきか?
幸い死んでないのが救いだが。
「そう言えばうち、昨日の事件の後調べたんよ」
「何を?」
「神選者についてやね」
神選者──この世界で信仰されている最高神アウリオスから、天啓を受けた存在。
天啓を受けると、肉体構造、魔法因子、果ては人魂すら書き換わるとさえ言われている。
現時点でこの世界に神選者は6人いると言われている。
「その神選者ってどうやっていることの証明するんだ?」
「そこなんよ。うちも疑問に思て改めて調べ直したんよ」
フィオナが語るに、神域と呼ばれる場所に神選者の証とやらが刻まれるらしい。
だが不可解なのがここからだ。
何せその神域は限られた者しか立ち入ることを許されておらず、多くの者は証を確認することすら叶わない。
「怪しくねえかそれ。実在するかも確認できないってことだろ」
「そやね。でも会えば異質で分かるとされてるらしいで」
「昨日の少女みたいな奴か」
「多分そんな感じやね。まあ、昨日の少女は神選者ではないと自ら口にしてたけど」
「どこまで信用できるかは怪しいけどな」
最高神か。面白いのはこの世界にも神という概念が存在していること。
つまり、俺がいた地球と根本的には変わらない可能性がある。
「じゃあ、今日の授業はここまで。各自しっかり復習しておくように」
いつの間にか話してたら、授業が終わってしまった。
大きな鐘の音が学院中に鳴り響く。
「この後どうするん?」
「いやそれが、学院長に呼ばれてて」
「まじかいな!? 気を付けたほうがいいで」
「気を付ける?」
「ここだけの話なんやけど、学院長は色々きな臭い噂も出てるんよ。まあ噂ではあるから、どこまでが真実かは分からんやけど」
「助言助かる。気を付けておくよ」
講義を終えて、そのまま学院長室へと向かう。
あれ、どっちだったっけ?
「逆だオオナギヤレン」
「レオンハルト先生」
学院長室の場所で迷っていた時、背後からレオンハルトが声を掛けてくる。
相変わらず教師が似合わない男だ。
「警戒だけはしておけ。いいな」
「?」
レオンハルトは俺の耳元でそう囁くと、そのまま俺を学院長室の前まで案内し、去っていく。
「失礼します」
「待っていたよ大凪夜蓮」
丁寧にノックをして学院長室の扉を開けて入る。
学院長室は学院の中でも最上階に位置する一室だった。
分厚な扉を開いた瞬間、紙とインク、微かに甘い匂いが鼻をくすぐる。
床から天井まで届く書架が無秩序に並び、その多くの本は希少性が高い本と推察できる。中には背表紙の文字が掠れて読めないものがある。
「それで御用件とは?」
「そんな畏まらなくてもいいよ。今日は君と他愛もない会話をしたいだけなんだ」
「はあ」
部屋の中央奥の執務机に置いてある茶器を手に持ち、来客用の長机の上に用意されたカップに、紅茶を注ぐ学院長。
湯気と共に立ち昇る紅茶の香りは、ほのかな渋みと甘さを含みリラックスさせる。
「砂糖はいるかな?」
「いえ、お構いなく」
深々した長ソファに腰を掛け、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
美味しい。あまり地球では飲まなかったが、それでも懐かしさを覚えた。
「体調はどうだい?」
「お変わりはありませんが」
「ふふっ、随分警戒されているみたいだ」
「いえ、警戒なんて。どちらかというと緊張で」
半分嘘で半分真実。
警戒はしている。だが緊張も同じくらいしている。
「そう、警戒しなくてもいいよ。少なくとも僕は君の味方だ」
「それはどういう?」
「君には特別な力がある。僕はそれを守り、支える義務がある」
何を言っているこいつは。
俺が特別? 守り、支えることが義務?
真意が読めない。
「君は神選者については知ってるかな?」
「はい、一応さわりだけは」
「うん勤勉だね。なら6人存在する事はもう知っているだろう」
「はい。神域に証が刻まれるとか」
「うん、その理解でいいよ。君はその神選者すらも超える存在だと僕は思っている」
「!?」
目の前の学院長は紅茶を一口、上品に啜るとこちらを見て軽く微笑んだ。
真意が不明な笑顔は少し恐怖を感じた。
「君にはこれから多くの困難が待ち受けるだろう。しかしどうかそれを乗り越えてほしい」
「それはどういう──」
「おっと、そろそろ時間だ」
「まだ、聞きたいことが」
学院長はその場に立ち上がる。
「一つだけ忠告しよう。複写展開の多様は今の君ではリスクが大きすぎる。工夫するべきだ」
「なぜ知って!?」
午後を知らせる鐘の音が鳴る。
学院が再び動き出す。
「また話をしよう。君の成長が楽しみだ」
学院長は執務机に置いてある椅子に座り、俺を笑顔で送り出す。
これ以上話の続きは望めないか。
「失礼致しました」
「またね、大凪夜蓮君」
静寂な空間から喧騒な場所へと移動した俺は、心のどこかで安堵した。
息苦しさから解放された気分だ。
「恐ろしい人だった」
────
学院長side
「つったくよお。生徒いじめて楽しいか?」
「人聞きが悪いな。僕は純粋に彼を思って」
「利用の間違いだろ」
「歪んだ言い方は好きではないな」
僕の前で甘いクッキーを頬張っている、1匹の精霊。
真っ白な体毛に覆われ、細長い耳と尻尾を持つそれは見る人が見れば神の使いと思うかもしれない。
「それより、そろそろ動き出すぞあいつらが」
「知ってるさ。現に昨日も異物が侵入してたしね」
「余裕ぶっこいてると足元掬われんぞ」
「心外だな。一度たりとも余裕を感じた事はないよ」
「まっ、俺は満たされればそれでいいけどよ」
目の前の精霊は丸い缶に入っていたクッキーを美味しそうに頬張っている。
あれだけ入っていたクッキーはもう底をつきかけていた。
そんな食いしん坊の精霊の名をアルバ・フェンリス。愛称はフェリ。
そしてそんなどうしようもない精霊と契約した僕の名を、
────ルシウス・エヴァレイン。




