第11話 侵入者
教師であるレオンハルト・クロイツによって学院内に放たれた聖獣4匹。
4人1組となって聖獣を捕獲する。
これが今回の実習内容である。
「白域感知」
無詠唱でルーヴァが感知魔法を使用する。
僅かに空間に歪みが現れた気がした。
「北西、距離およそ200。
白域に異物が一つ引っかかった」
僅かな時間で完璧な感知をしてみせるルーヴァ。
こいつは──やはり本物だ。
「ほんま便利やね。さすがセレシオン家の異才と言われるだけはあるわ」
「異才か」
「何、お気に召さなかった? 不快になったなら謝るよ」
「いや、不快ではないよ。こちらこそ気を使わせてしまったようだ、申し訳ない」
二人の会話はどこかぎこちない。まるで事務的な作業のようだ。
「それより、北西ってことは寮がある場所じゃ」
「そうね。まあ、レオンハルト先生の管理下にある以上暴れないとは思うけど」
「まあ、そりゃそうか」
「ま、とにかく向かいましょう」
ルーヴァが感知した北西、距離200の場所に四人で向かう。
走り出していると、後方から大きな音がした。
「戦ってるのか?」
「そうやろうね。案外大人しくはしといてくれんみたいやね」
「そんなに甘くないってことか」
レオンハルトはやはり厳しい。
生徒を殺すまでは行かなくても、怪我をさせる事は全然あり得るかも知れない。
「どうやら感知に間違いはなかったようだ」
ルーヴァの言葉通り、北西、距離200、俺たちが住んでいる寮の敷地内に聖獣が1匹彷徨いている。
聖獣── それは獣と呼ぶには、あまりにも美しい。
全身は、光り輝く白銀の深い毛並みで覆われており、光が反射する際、光る雪のような結晶を周囲に撒き散らしている。
無駄の無い四肢が地面にしっかりと着き、いつでも外敵を喰らう準備が整っている。
黄金の瞳、口元から見える鋭い牙、そして何より額に生えた一本の白銀の角が、聖獣の名を体現している。
「ヤレン、作戦通りに」
「ああ、任せろ」
作戦は俺が雷魔法で翻弄して、メイン攻撃。
それを後ろの3人がサポートする形だ。
「雷紋スタティック・ステップ」
無詠唱で雷の初級魔法を使用し、一気に加速する。
足元に薄い雷紋が浮かび上がり、蹴り出す前の足元には焼け焦げた跡が残っていた。
「――ルゥ……ォォ……」
低く唸る声が、背後に回った俺に気付き威嚇し振り向く。
鼓膜が振動し、少しの不快感を覚える。
「油断はできなさそうだ」
俺は本能で油断するなと判断した。
一撃で決める。
「雷穿スラスト・ボルト」
雷の中級魔法。俺が習得した雷魔法の中で一番威力が高い。
掌に極細の雷光が一点に収束し、槍のように射出される。
雷速の槍が聖獣の頭部目掛けて、一直線に飛来する。
「ヴァァァァ……ッ」
聖獣が俺の雷槍を声で弾く。
声が音波となって、壁となる。
「ははっ、まじかよ。面白え」
「ちょっと、感心してる場合?」
俺はもう一度、雷紋スタティック・ステップを使用して、3人がいる場所まで退避する。
聖獣は深追いはしてこない。
「新入生が受ける実習の難易度超えてない?」
「せやね、絶対超えとるわ。あの教師絶対性格悪いで」
「だよな。無茶苦茶だろ」
思った以上に強い。まさか、鳴き声だけで防がれるとは。
他の生徒はこれ、捕獲できるのかよ?
「見たところ、一定の距離から動くことはないようだ。そう指示されてるに違いない」
「遠距離からの攻撃ならアドバンテージがありそうね」
「ああ。ヤレンもう一度ここから雷槍をお願いできるかな?」
ルーヴァが俺にもう一度魔法の使用を求める。
「構わないけど、また防がれるんじゃねえのか」
「僕が君の魔法の威力を増幅させる。試す価値はあると思う」
「わかった」
つーかこいつなら自分で解決できそうだがな。
わざわざ俺を頼る意味がわからない。
何か裏があるのか?
「白域強化」
ルーヴァが俺の背中にそっと手を置いた。
その瞬間、俺の体内が熱くなり、器官全体が脈を加速する。
「君の魔力を底上げし、整えておいたよ」
俺はすぐさま集中し、聖獣に方向を定める。
「雷穿スラスト・ボルト」
俺はもう一度聖獣に向けて雷槍を放つ。
ルーヴァの魔法のお陰か、体内にいつも以上に魔粒子を取り込める。
脈打つ器官に刻まれた因子が反応、共鳴し、莫大な魔力を生み出す。
雷速すら超えた速度で聖獣に一直線に飛んでいく。
その瞬間、口を大きく開けて牙を剥き出しにして、獰猛な鳴き声を発生させる。
「ヴァァァァァァァ……ッ」
再び鳴き声で音波を生み出し、雷槍の威力を消そうとしてくる。
しかし、先程とは威力が桁違いになった雷槍は留まる事を知らない。
「ヴォオオオォォォ……ッ!!」
音波の壁を貫き、頭部に直撃、貫通する。
大ダメージを受けた聖獣が苦悶の声を上げて、地を踏み荒らした。
血飛沫が吹き上がり、地面に倒れる。
「やったけど、捕獲どころじゃなくないか」
「少々威力が強すぎたようだね」
「単位くれるかな」
「あの獣たちはレオンハルト・クロイツによって生み出された存在だ。恐らく直に再生するだろう」
ルーヴァの予想通り、少しずつ傷が再生している。
これなら問題なさそうだ。
「おい捕獲したぞ」
俺が雷を帯びさした手で動けない聖獣に触れる。
雷によってビリビリと痺れて、動けないままである。
「おっ」
捕獲判定になったのか、聖獣が先刻の宣言通り、レオンハルトの元へと還っていく。
無事に実習をクリアした。
「なんかごめんなぁ。うち何も手伝ってへんわ」
「私も何もしてなくてごめんね。二人に任せちゃった」
「せやね。二人とも優秀すぎるんよ」
アルシェリアとフィオナが申し訳なさそうに謝る。
「いや別にいいって。それ言ったらほぼルーヴァのお陰だし」
「それは謙遜すぎるよヤレン。君の魔法が素晴らしいから、僕の魔法も生きたんだ」
「そうかな。って、それよりこれからどうする?」
「そうだね。まだ時間は40分近く残っている。2匹目でも────」
その瞬間、ルーヴァが視界から消える。
それと同時に、俺の視界が回転し、空中に浮く。
気づけば遠くの地面まで吹っ飛んでいた。
「がはっ! 何が起きた?」
俺が先程までいた場所に唐突に現れた青年。
アルシェリアとフィオナが警戒体制に入る。
「誰? ここは関係者以外立ち入り禁止な筈だけど」
「その因子、ルミナリア家の者だな。そっちはラクス商家の者か」
「お前……因子が」
「今日はお前らに用はない」
そう口に出すと、ゆっくりと俺の方へと歩き出す。
アルシェリアの目つきと態度が変貌する。
「やめておけ。無駄に死にたくはないだろう」
「つっ────!」
アルシェリアは突然地面にひれ伏した。
立ちあがろうにも立ち上がれず、無様な格好を披露している。
「うちには、何もせえへんの?」
「邪魔をするなら、こいつと同じ目に遭う。商家の娘ならよく考えるべきだ」
「うちあんた嫌いやわ」
動こうにも緊張で動けないフィオナ。
横のアルシェリアが苦しそうに地面にひれ伏したまま、青年を睨みつける。
「強気な女だ」
そのまま何事もなかったかのように、俺の前へと立つ。
漆黒を連想させる、真っ黒の髪が微風によって揺れる。
「お前一体何者だ? アルシェリアを解放しろ!」
「俺が何者であろうと、これから生捕りにされるお前には関係ない話だ」
「生捕りだと!? 何故俺が?」
「お前が知る必要はない」
漆黒の禍々しい瞳が俺を見下ろす。
レオンハルト・クロイツと同種だ。本能が拒絶する。
こいつは危険だ──戦ってはいけないと。
「複写展開」
その言葉を口から出した瞬間、少しだけ表情を険しくさせる。
「ほう、それが例のユニークスキルか」
「術式番号02、ルーヴァ式・光魔法……起動!」
「白刃ノ律シルヴァ・レギュレート」
目の前の青年の周囲に、空間を走る白銀の線を数本展開する。
「動くな、これに触れれば原子レベルまで分解される。解除して欲しければ今すぐアルシェリアを解放しろ」
興味深そうに白銀の線を観察する。
そして動きを止める。
「早くしろ。二度の警告はしない」
「実に興味深い。他人の魔法、それも属性が違う魔法をここまで高度に再現できるとは。あれが言う事だけはある」
「おい、二度の警告はしないと言ったはずだ」
「複写展開」
「術式番号01、アルシェリア式・光魔法……起動!」
「光槍」
白銀の隙間を縫って圧倒的な密度で構成された光の槍が、音を置き去りにする速度で目の前の青年の頭部に届──かない。
「何!?」
「もう十分だ。余興はここまでだ」
「がはっ!」
突然俺の体が重くなり、アルシェリア同様地面に醜くひれ伏す。
(くそ、動けねえ。これは重力か?)
青年が指を弾くと、自身の周囲に展開されていた白銀の線が消失する。
宣告の光槍と同じように。
(つっ──どういう事だ? 重力以外も何かあるのか?)
(ルーヴァはどこへ消えた? こいつが消したのか?)
(早く、何とかしないとアルシェリアが)
青年が俺にさらに近づき、見下ろす。
青年の足下に小さな魔法陣が展開される。
「何を、はあ、つっ──する気だ」
「言ったはずだ。生捕りにすると。暫く眠っていてもらう」
足下に展開された魔法陣から、真っ黒の棺桶が召喚される。
「この中で眠っていろ」
「ふっ、ざける、な」
「無駄な事を」
必死に重力に抗う俺。
だが体にのしかかる重さに耐えられず起き上がれない。
もうダメなのか。
「諦めるのか、オオナギヤレン」
「!?」
その時だった──目の前から聞き覚えのある声が耳に届く。
俺が畏怖する者の声が。
「レオンハルト・クロイツ。教師に成り下がった男」
「どうでもいいが、私の生徒に危害を加えて貰うのは困るな。私の評判が下がる」
「それはすまなかった。では教師を辞めれば問題ないだろう」
「それは宣戦布告と捉えさせて貰っても構わないかな?」
青年とレオンハルト・クロイツが目の前で対峙する。
その周囲だけが異次元で、空気すら歪んで見える。
この戦いの行く末は知らない。
だが俺の中で何かが弾ける音がした。
覚醒という──泡が。




