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27話 新規オープン『ダンジョン・ホテル』







 昼間は冒険者達の怒号や、荷車の軋む音、武器のぶつかる金属音が絶えないこの場所も、深夜ともなれば別世界のように静まり返る。


過去には昼夜関係なくダンジョンが開かれていた時期もあったが治安悪化の懸念から廃止。それ以降統制局によりダンジョン探索は原則日の出から日の入りまでとなった。


しかしダンジョン本体の外側にある敷地内、通称ダンジョン・エリアは統制局の影響は少なくなる。よって区域には少ないながらも作業に追われて、未だ残っている新人冒険者がしばしば見られた。


そんな中、芯の冷える風が通る石畳の通路に、少女の靴音だけが小さく響いていた。


革鎧を着た若い女冒険者は、肩から提げた鞄をぐっと引き寄せる。


「……はぁ。ようやく終わった」


赤くなった鼻先を啜り、小さく息を吐く。


今日が八日連続での探索だった。


まだ新人の彼女にとって、ダンジョンの一日一日は長い。

道を覚えるのも、罠を見つけるのも、魔物を避けるのも全部手探りだ。

また新人冒険者というのはパーティーの下っ端兼雑用係でもある。今日の探索の記録や明日の冒険の準備に奔走し帰るのは12時を超えるごろになってしまうのだ。


走り回って酷使した足を使い何とか一歩、また一歩と石畳を踏み締める。

視線の先にはダンジョンの巨大な出口──大門が見えた。


門の先は寝床のある街に繋がっている。


だが。


「帰ったら……もう二時間も寝れないよね」


手鏡に映る自身は後ろに無造作に纏めた髪はところどころ毛先が切れてしまい、快活な印象を見る者に与えるそばかすが今では疲れを表すメイクとなってしまっていた。

その状況にさえ、彼女は自虐的に苦笑する。


街の宿まではそこそこ距離がある。

部屋に戻って、装備を外して、泥を落として、ベッドに潜り込む頃にはすぐ朝だ。どうせろくに寝られまい。


そしてまた、日の出と同時に出発となるのだから。


「ある程度覚悟はしてたけど、……新人って大変」


ぼそりと呟いた時だった。

視界の端に風に踊らせる形で靡く、ヒラヒラとした白が目に入る。


よく見るとそれは最近貼られたのか周りの古臭い壁には似つかわしくない白をしている。


「ん?」


近づく。

オレンジの松明の光に照らされた紙には、太い字が書かれていた。



夜間限定開放

食事持ち込み可

ダンジョン探索者向け宿屋


本日新規オープン

『ダンジョン・ホテル』



少女は目を瞬かせた。


「……こんなの昨日あったっけ?」


いつも通っている道なのにな、と彼女はコテンと首を傾げた。

そのまま、さらに下の欄を読む。



深夜から早朝まで利用可能

個人部屋あり

浴室あり

装備置き場あり


場所:ダンジョン敷地内 旧『レ・ギュルアール』亭 △丁目第3区画



「え」


思わず声が漏れた。

ダンジョンの敷地内。


つまり──


「ここから近い……?」


紙の下には簡単な地図が描かれている。


歩いて数分。

少女はもう一度大門を見る。


巨大な門の向こうには街の灯りがある。本来なら向かうべきはあちらのはずだ。


でも。


そこまで行って、また戻ってくる時間や手間。それを考えると。

彼女は慌てて鞄の中にある手持ちを確かめ、しばらくした後小さく唾を飲み込む。


「……ちょっと高いけど」


ポスターの下に書かれた料金を見る。新人冒険者にとっては安くはない。


だが。


「帰る時間と……朝の時間考えたら……」


むしろ安い、と思いたい。


少女は少し考えてから、法衣を翻しくるりと向きを変えた。


さっきまで大門へ向いていた足先が、再びダンジョンの奥へ向く。


「……うん、行ってみよ。偶の息抜きだったら我らが主もお許しになってくれる!……はず」


口調とは相反してその足取りは、さっきよりも軽かった。


夜のダンジョンの静寂の中。


彼女はポスターに描かれた地図を頼りにおぼつかない足取りで歩き始めた。





そして数分後。


松明の光の向こうに、小さな建物が見えた。


入口の上には、新しく掲げられた木の看板には『ダンジョン・ホテル』と綴られていた。


灯りのついた看板の下には、一つの影が見えた。近づくにつれて、その影が一人の男である事がわかる。黒髪短髪の一見青年のような男。その手にはタバコのようなものを煙らせており、その煙を眺めていた。

まるでそこに煙ではない何かが見えているような底冷えする瞳が、不意にこちらへ動いた。


「あ、やべ」


男は少女を見ると軽く片手を上げ、挨拶の延長のような動きで煙をかき消した。


「らっしゃ……」


続けようとした言葉を詰まらせる。男は霞のようになった煙に一瞬目を向けた後、改めてこちらを見つめ口を開いた。


「……いらっしゃいませ、お客様」


男は靴で煙草を消し、吃りながら気まずそうに微笑んだ。

少女は一瞬きょとんとしてから、恐る恐る口を開く。


「えっと……ポスター見て……」


上等な紳士服らしき黒に身を包んだ彼は、ぱちぱちと瞬きをし、やがて柔和な笑みを浮かべた。


「左様でございますか。ご来館、誠にありがとうございます。御荷物お預かり致しましょうか」

「へ?い、いいえ!だいじょぶです!」

「かしこまりました。ではどうぞ中へ」


丁寧なしかし微かに硬い動きのまま、男は片手で扉を開けた。

開かれた扉奥からは暖かな空気が流れ込み、危うくその空気だけで眠ってしまいそうになるほどであった。


小さくよろついた彼女の肩を抱え男はもう一度、低く心地よい声で囁いた。彼女のそばかす辺りの肌が熟れた果実の様な色味を浮かべた。


「『ホテル・ダンジョン』へようこそ。一夜の安らぎをお約束いたします」


そのまま後ろ手に扉を閉める。


こうして──

ダンジョン・エリアに生まれた小さな宿屋は、

最初の客を迎え入れた。


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