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26話 ホテル・ブランド






「まず最初に。わたし達がすべきことは分かる?」


翌日の、まだ日が地平線から顔を出し切っていない頃。

ダンとユーマは宿屋二階の奥に位置する談義室へと招かれていた。


談義室には簡素な円卓と、小学校などを彷彿とさせる懐かしき黒板が鎮座している。長年使われていないせいか、黒板の縁にはうっすらと埃が積もっていた。


ダンとユーマはお互いに目線を合わし、アンジェラの問いの真意を確かめ合った。


といっても半分眠りこけているダンは「なんで俺まで」と言外に表すように頭で船を漕いでいる。


ダンから期待される答えが出ないことを察したユーマは、裏拳で隣の男を小突いた。


「んごっ」


間の抜けた声を漏らしてダンの頭が揺れる。


その様子を一瞥してから、ユーマは宙に浮いているアンジェラに視線を合わせた。


「そりゃあ宿屋の修復だろ。このままじゃあ宿屋として機能しない」


寝癖の残る短髪を指で掻きながら、彼は部屋を見回す。

円卓は埃だらけ、椅子の一本は脚が折れかけている。


「確かに宿屋の修繕は目下の課題ではあるけど、最優先のものではないわ。答えはこれよ」


角の欠けた白いチョークが、意思を持ったようにふわりと宙へ浮いた。


きぃ……と乾いた音を立てながら、黒板の上を滑り始め、ゆっくりと文字を刻んだ。


ユーマにとってそれは見たことのない文字列だったが不思議なことに、それを見た瞬間──

脳内で意味が変換され、字幕のように理解が流れ込んでくる。


突然そんな奇妙な体験をしたユーマは、反射的に口に出していた。


「────ホテル・ブランド?」

「そう。お父様の手記にそう書いてあるわ」


アンジェラは戸惑うユーマを気にする様子もなく、懐からボロボロになった手帳を取り出した。


革表紙は擦り切れ、角は丸まり、何度も開かれた跡が残っている。


「お父様は日記をつけるのを習慣にしていたの。ここには、この宿屋を始めるときの考え方が山ほど書いてあるわ」


パラパラと紙をめくりながら、アンジェラは暗唱するように読み上げる。


「“ホテルを作ると言っても根幹は他の商売と変わらない。何を、誰に、どうやって売るかを明確にせよ。そしてその方向性を確立し、それをブランドとするべし”」

「いわゆる経営理念っすか」


彼女は黒板の下に、いくつか線を引く。


「宿屋って言っても、全部同じじゃないのよ。条件次第でいくらでも多様になり得るもの」


ダンが眠そうな目をこすりながら頷いた。


「なるほどっすね……確かに一口にホテルって言っても、組合ごとに売りが違いますもんね」

「うーん、そうか?あんまりピンとこねぇな」


ユーマは額の中心に指を当て考え込む。彼の目から見れば立地や建築の違いはあれど、ホテルそのものに種類があるとは思えなかった。

それを見かねたダンは宙に浮かんだチョークを握る。


「例えばこの近くには大きく二つのホテルがあるっす。立地面積や価格帯は同じぐらいっすけど他の点はだいぶ違うっす」


簡易的な四角の上に屋根らしき三角をはめ込み、家らしきものが黒板に描かれる。


「まず挙げられるのは客層っすね。片方は人間やオークを主なメインターゲットにしてるっす。特徴で言えば────もちろん食事が豪勢なとこっす!」

「世界には色んな種族がいるけれどこの二つの種族は群を抜いて食にうるさいわ。生活にも食事に重きを置いているし、オークは食欲旺盛な方も多い」


アンジェラはうんうん、と自分の言葉に納得するように頷く。


「だから最低限、働く側には食文化や食卓のマナー、禁酒日の慣例を把握する必要があるっす」

「なるほど。料理がメインのホテルか」

「もちろん他の設備もずば抜けてるっすけど、文化や味を気にしないで安心して料理を食べれるっていうのは最大の強みっすよね」


食事というのは衣食住の中で最も生命の根源に関わる要素でもある。それを強みにできるというのは大きな武器になるのだろう。このように一点特化型なホテルは広告も出しやすく人の目にも留まりやすいのが特徴だ。


「逆にもう一つのホテルはフルスペック型。全ての要素をそれなり以上に揃える形態っす」


こちらは高い価格帯で客層を意図的に絞り、ダンジョンの調査や観光に訪れた富裕層をメインターゲットにしている。


「特徴としては会員制で既存の会員の推薦か紹介がないとエントランスすらまたげないことっすね」

「貴族達が社交場として使っていた文化系サロンが起源になったものだから、少し選民思想が強いのよ」

「社交場、か。なんだか敷居が高そうな場所だな」


ユーマは質問をする学生のように手を挙げる。


「大正解っす!ダンジョンの近辺には冒険者も多いっすけど、同じぐらい探索物を評価する鑑定士や美術商もいるっす」

「そして彼らの顧客は貴族や上流階級の家系が多い。商談や挨拶の場にはうってつけなのよ」

「そうしてそんな彼らが一番に求めているのは完璧という名の格式。だから特化型のホテルだとこの客層は引っ張ってこれないんすよ」


ダンが最初に『全ての点がそれなり以上』と言った意味はあくまで完璧に見えると言って点にある。フルスペック型のホテルの強みは特化型のようにある一点で客を集めることではない。むしろ逆の目立った欠点を作らないことにコストがかけられている点だ。


「確かに料理も美味くて応接も完璧、大きく綺麗な設備が理想ではあるっすけど」


ダンはチョークをくるりと指で回した。


「現実問題、それを全部実現するには莫大な金がかかるっす」


黒板の二つのホテルの絵を交互に指差す。


「だからコストや図面の話に入る前に、決めなきゃいけないんすよ」


石膏のようなチョークが黒板を叩く。コツン、と乾いた音が響いた。


「このホテルは本当に必要なのか。そして」


ダンは続ける。


「必要だとしたら、どんなホテルが必要とされるのかを考える必要があるっす」


ユーマは腕を組み、黒板に描かれた二つのホテルを見比べる。


豪勢な料理で客を呼ぶ特化型の宿。

そして富裕層が社交場として使う会員制の宿。

ダンジョンに併設しているとはいえこの宿屋を再建するにはどうしても市場が被ることになる。


そうした時、客をこの二つに劣らず引っ張って来れる武器(ブランド)が必要だ。


「なら話は簡単ね。狙うべきはここよ」


アンジェラがチョークが黒板の“会員制ホテル”の絵をコツコツと叩く。


「ダンジョンに来る高ランクの冒険者や鑑定士を歓待する会員ホテルにすればいいのよ」

「いや、アホっすか」

「はぁ!?」

「確かに高ランク冒険者ほど、有り余る金を外に使いたがるっすよ。でもそれはジメジメしたダンジョン探索から解放されたいが為の一種のストレス解消っす」

「あぁ、なるほど。つまりダンジョン敷地内にあるウチじゃあ外に認定されねぇのか」

「で、でもお父様の経営の時はSランクの冒険者だってご贔屓にして下さったわ!」


ダンは頭を手を置き、やれやれと言ったふうに問う。


「それってダンジョンの周りに娯楽施設がない時の話っすよね?昔は需要があったのかもしれないっすけど今は時代遅れっすよ」


アンジェラは青白さが目立っていた頬を赤くして怒鳴り声に近い声を上げる。


「そんなことありません!うちの集客はあの二つのホテルにだって負けないぐらい凄かったんだから!」

「場所を考えろって言ってるんすよ、わかんない人だな。ただでさえダンジョンの敷地内にあるんすから、外からどうやって集客するんすか」

「……ん?別にわざわざ外から集めなくてもいいんじゃないか?」


ヒートアップする二人を傍観していた男は、場に似合わない何処かぼんやりとした口調で間に割って入った。ユーマは左を指で掻きながら、アンジェラを見る。


「ホテルブランドの話は一旦置いておいてよ。さっきの話を要約すりゃあ、客層にあったものを提供すればいいって話だったよな?」

「……そうよ。でも種族や客単価もバラバラだから一定の層にターゲットを絞らないと」

「いや、あるだろ。この場所に来るほとんどの者に共通している要素が」


そして、とユーマは座っていた椅子から立ち上がり堂々とした態度で二人を交互に見た。


「俺達にはそれぞれにその要素を叶えられる力がある。ダンには悪いがもう少し付き合ってもらうぞ」


めっちゃ良い事、思い付いたしな。

目を細め、始めて口角を上げたその笑みは根拠のない自信に満ち溢れたものであった。


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