分かたれゆく、歩み(後編)
「……次は、僕の番だね」
今度はルヴィアンが声を上げた。
ゼルファードの視線が、彼に向けられる。
「僕は……旅に出るつもりです」
イリスが、目を見開いた。
「えっ……旅に?」
「うん」
ルヴィアンはそっと目を閉じると、続けた。
「まだ残ってる。
闇の残響も、封じられていない星の綻びも……。
きっと誰かが、それを探して、手を伸ばさなきゃいけない。
……それが僕の役目だと思うんだ」
「それ……は……」
イリスは息を呑み、ルヴィアンを見つめた。
ルヴィアンは、目を開けるとイリスに微笑む。
その瞳は、優しく、澄んでいた。
「それらを辿って、正していこうと思う。
……それは、その先にある未来を、ほんの少しでも穏やかなものにするために、僕は歩いていきたいんだ。
……それが、僕に与えられた使命だと思ってる」
ゼルファードがわずかに目を細める。
「使命……か……」
「はい。
この世界を包む星の力には、まだ断ち切れぬ闇の名残があるのを感じます。
……僕はそれを、見て見ぬふりはできないんです」
静かだった応接室に、重みのある気配が満ちていた。
それは、若者が背負うには過酷な使命であった。
「……ルヴィアン……」
イリスが小さく名を呼ぶ。
その声音には、理解と、わずかな寂しさと、強い敬意が混ざっていた。
ゼルファードはゆっくりと頷いた。
「……ならば、行くがよい。
使命を帯びてなお、道を選び取るその姿勢こそ、“選ばれし者”の在り方だ」
「ありがとうございます」
ルヴィアンが、そっと頭を下げた。
そして――視線が、最後のひとりに注がれる。
*
セフィルは黙ったまま、少しだけ俯いていた。
誰も言葉を急かさなかった。
やがて、彼は小さく息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「……多分、ルヴィアンならそう言うだろうって、思ってたよ」
顔を上げた彼の瞳は、柔らかく、けれど決して揺らいではいなかった。
「だから俺も、決めてた。
俺は……俺もお前と一緒に行く」
「……え?」
今度はルヴィアンが目を見張る番だった。
「待って、君は……イリスのそばにいるんじゃないの?」
ルヴィアンの問いに、セフィルは静かにうなずいた。
「それが俺のすべてだと思ってた。ずっと。
それが“使命”だと、信じてた。
……でも今は違う。
イリスは、もう自分の足で立っている。前を向ける強さを持っている。
俺が傍にいなくても、大丈夫だって……信じられるようになったから」
セフィルはイリスを見つめる。
「それに……王都には、レオノールがいる。
彼がきっと……イリスを守ってくれるはずだ」
「……セフィル……」
イリスの目に、涙が光る。
セフィルは頷き、今度はまっすぐにルヴィアンを見ると言った。
「この世界を、お前一人に背負わせたくない。
そして……俺はもうお前を一人にしたくないんだ」
一呼吸の後、セフィルは続ける。
「俺も、一緒に旅をする。ルヴィアン。
お前となら、できることがある気がする。
……お前が過去を背負っているなら、俺は未来を照らすよ。
道の果てに何があろうと、お前の選んだ使命を守り抜く。
そう決めたんだ。――これが、今の俺の答えだ」
ルヴィアンは、しばらく何も言えなかった。
まっすぐな瞳で向けられたその決意にーーただ息を呑んだ。
「……ありがとう……セフィル。
それは……頼もしい旅路になるね」
ようやく笑みを返したルヴィアンの声は、少しだけ震えていた。
ゼルファードは深く頷いた。
「……そうか。君もそう決めたのだな。
旅路は険しかろう。
だが、その覚悟があるならば、光は決して消えはしない。
離れることは、決して絆を失うことではない……私は、君たちを信じている」
セフィルもまた、静かに礼をした。
ゼルファードは、誰に向けるでもなく、穏やかに言った。
「それぞれの道が再び交わることは……もうあるまい。
だが、始まりの場所はここだった。
そのことを、決して忘れるな」
誰も言葉を発さず、ただ静かに頷いた。
イリスの頬に涙が伝わる。
胸の奥で、何かがすうっと静まっていくようだった。
寂しさも、ある。けれどそれ以上に、誇らしかった。
それぞれの道へ向かうための、最初の一歩。
その光景を、イリスは静かに見つめていた。
「……心は、同じ星の下にいるわ……。
……いつか……きっと……」




