分かたれゆく、歩み(前編)
午後遅くの光が、学園長室にやわらかく差し込んでいた。
厚手のカーテン越しに揺れる光が、静かな空間に穏やかな影を描き、
心地よい風がそっと吹き抜ける。
ゼルファードが、重厚な机の前に静かに座る。
正面にはイリス、セフィル、ルヴィアン、ラーデンの四人。
彼らは語った。
学園長室から転移した――その先を。
王の魂を闇から救い、星祈の儀式を行ったこと。
そして――エスラ公爵の闇の使徒と……彼の最期。
ラーデンは続ける。
「公爵は……最後まで、王の支配を諦めていませんでした。
ですが、星の力を前に、術は解かれ、王の意思も戻った。
その場で彼は、自らが編み出した“闇の儀式”の余波を受け……。
力の奔流に呑み込まれ、消えました」
一瞬、空気が止まった。
ゼルファードは何も言わず、目を閉じたまま、静かにその言葉を受け止めていた。
まるで、遠い昔の何かに想いを馳せているように。
やがて、彼はほんのわずかに眉を動かし、呟く。
「……哀れな男だ」
その一言は、嘲りでも怒りでもなく――
かつて同じ“魔術の道”を志した者としての、深い嘆きのようだった。
「才覚も、理も、力もあった。だが……心だけが、追いつかなかったのだ」
しばし沈黙が流れる。
それは誰にとっても、彼の最期を悼むための静かな時間だった。
ゼルファードは目を開け、再び四人を見渡した。
「――よく、無事に戻ってきた。
王都での一件は、この国にとっても、君たちにとっても……大きな転機となったはずだ」
「……はい」
イリスが頷く。
ゼルファードは椅子の背に身を預けると、口元を引き締める。
「さて……その上で、君たちはこれから、何を選ぶのだ?
それぞれに、何かしら考えているのであろう。
――今日は、それを聞かせてほしい」
ラーデンは、静かに膝に手を置くと、
そっと息を吐き、背筋を伸ばした。
「……私から……お話しします」
ゼルファードが目を細める。
空気が、少しだけ張り詰めた。
ラーデンは、一呼吸置いて言った。
「私は――王都に戻ります。
……帰ってきた時に乗ってきた、あの魔導飛行船で」
セフィルとルヴィアンが目を見開いた。
イリスも言葉を失い、ラーデンを見つめる。
ラーデンはその視線を受け止め、まっすぐに続けた。
「ちょうど、魔素を再充填しているところです。
明日には、再び飛べるようになる……それに合わせて、王都へ向かいます」
ゼルファードは、しばし彼を見つめていた。
そして、深く、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。戻る覚悟を決めたのだな」
「……はい。
レオノール様を支えたいのです。
政治の中枢に立ち、この国の歪みを、ひとつずつ正していく。
それが……私に残された、戦いの場です」
「……そうか」
ゼルファードは一瞬目を伏せる。
「お前は、これから王の傍に立ち、彼の目が届かぬところまで視よ。
そして、誰よりも冷静に、誰よりも誠実に、支えてやれ。
一度、選んだ以上、半端は許されぬぞ」
「覚悟しています」
ラーデンの声は、短く、しかし揺るぎなかった。
「……ならば、恐れるな。お前の歩みは、お前が決めるものだ。
その力を、誤らず、そして恐れず使え。
いずれ、王の右腕と呼ばれる男になるだろう。
私は、そう信じている」
ラーデンの喉がわずかに震えた。
だがそれを押しとどめるように、彼は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、先生。
必ず、そうなってみせます」
ラーデンの言葉の余韻が部屋に満ちる中、イリスがそっと息を吸い込んだ。
*
「……私も……お話しします」
彼女の声は穏やかで、芯があった。
静かな水面に映る月のように、揺るがぬ決意があった。
「私は――この学園に、残ります」
ゼルファードの眉がわずかに動いた。
「私は、星の巫女としての使命を果たすべき立場にあります。
けれど、それだけでは足りない。
……自分自身をもっと深く知りたい。学びたいんです」
イリスは、ゼルファードをまっすぐに見つめる。
「……卒業したら、王都の神殿に入ります。
……その時こそ、真に“巫女”として、皆の祈りを支えられる存在となれるように。
でも今は……まだ“人として”学ぶ時間が必要だと感じています」
静かに流れる時間の中で、ゼルファードはそっと頷いた。
「……イリス。君は、君自身の意志で、巫女として生きようとしている。
選ばれた者ではなく、“選び取る者”として。
……それこそが、真に“星に導かれし者”の在り方だと、私は思う。
それが本当の力につながると信じている」
「はい」
「残ってくれて、嬉しいよ」
イリスは、小さく微笑みながら、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、先生」
しばらく沈黙が続いた。
静けさの中、風が窓の外の木々を揺らしていた。
「……次は、僕の番だね」
ルヴィアンが声を上げた。




