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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
【終幕】ー新たなる旅立ち

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星の帰還

空は薄曇り。風もなく、静かな朝だった。


王宮の南塔に接する空港塔。

王家専用の浮き桟橋に、ひときわ大きな魔導飛行船が停泊していた。


船体は深い藍色の魔導金属で覆われ、船首には光を受けて輝く“王星の紋”が浮かぶ。

王家専用の飛行船――その姿は威圧感というよりも、神聖さを纏っていた。


「……立派すぎるな」


ラーデンが小声でつぶやく。


イリスたち四人は、飛行船の乗り込み口に並んでいた。

旅立ちを前にした一行を、少数の騎士団と神官、そして高官たちが静かに見送る。


そして、その中に――彼の姿があった。


レオノール。


淡い青の上衣に王家の紋章をあしらい、

背筋を真っすぐに伸ばした彼の姿は、揺るがぬ意志を感じさせる。


「……レオノール様……」


イリスがそっと呟いた。


「わざわざ……」


イリスが声を落とすと、レオノールはゆるく首を振った。


「見送りたかった。

君たちには……礼を言い切れないほどの恩があるから」


その言葉に、ルヴィアンが目を細め、セフィルが軽く片眉を上げる。

イリスがそっと微笑んだ。


「国王陛下が、港まで足を運ぶことではありません」


イリスがそう言うと、レオノールは小さく笑った。


「……王としてじゃない。“レオノール”として来ただけだ」


そうして、数歩近づくと、彼は一人ひとりの顔を見つめる。


セフィルの前に立つと、そっと口を開いた。


「君がいたから、きっとイリスはここまで来られたのだろう……。

どうか、その光で、彼女の歩む未来を、照らし続けてくれ。

……彼女の微笑みを、決して曇らせるな。」


セフィルは頭を下げる。


「……はい」


そして、彼はラーデンの前に立つと、その肩に手を置いた。


「お前に、私は何度も救われた。

……守り抜け。己が信じた道を。

剣も意思も、すべてお前自身のものだ」


「……はっ!」


ラーデンは深く頭を下げる。


そして、彼はルヴィアンの前に立つ。

長く視線を交わした末に、口を開いた。


「……国に星が降る夜、

最も深き場所で我らを支えてくれたのは、

紛れもなく君だった……ありがとう」


ルヴィアンは微笑むと、静かに頭を下げた。


そして、彼はイリスへと視線を移した。


「君がこの国に遺してくれたもの――

それは、希望と赦しの記憶だ。

私は、この手で守ると誓おう。

君が繋いだ星々の灯火を、国の未来を……」


彼女は、深く、澄んだ瞳でレオノールを見つめると、

そっと頭を下げた。


「……どうかこの国を、守ってください」


イリスの言葉に、レオノールは静かに頷いた。


「……君たちがいたから、私はここに立てた。

だからこそ、君たちの帰る場所を守るのが、私の務めだと思っている。

君たちは、私の大切な“友人”であり、”証人”だ。

王の始まりを見届けた者として、何度でも……会いに来てほしい」


イリスの目に、熱いものが浮かんだ。

彼女はそっと、目を伏せて頷く。


「……はい。レオノール様……」


誰も、言葉を発しなかった。

それぞれが、深い想いを胸に、前を見つめていた。


やがて、乗船を知らせる鐘の音が、港にやわらかく響く。


イリスたちはそれぞれに最後の一礼をし、乗り込み口へと歩き出す。


彼女は階段を昇り、甲板の端に立った。

見下ろす先にいるレオノールと、視線がぴたりと交差する。


風が静かに髪を揺らす。

言葉はなかった。


イリスの胸の奥に、あたたかな彼の声が流れる。


(――行ってこい。君のいるべき場所へ。

君の行く先に、光があるよう……祈っている)


(……はい。……さようなら、レオノール様……)


(――さようならは、いずれまた……)


レオノールはそう応えると、そっと手を上げた。

騎士の敬礼でも、儀礼的な仕草でもない。


ただ、迷いなき意志を込めた、ひとつの“さよなら”だった。


イリスは、静かに頷いて応えた。

そのとき、背後からセフィルがそっと囁く。


「彼は、すでに歩き出しているな。誰に背を押されずとも」


「うん……。でも、きっと、背中に感じてくれていると思う。

星の力を、そして、仲間の祈りを」


飛行船の魔法陣が静かに光を帯び始める。

やがて、光の帆が広がり、魔導飛行船はゆっくりと浮かび上がる。


舷窓から見える港に、彼は最後まで立っていた。

桟橋に残されたレオノールの外套が、ふわりと揺れる。


その表情に、言葉はない。けれど、確かにそこには――

王としての覚悟と、仲間への静かな信頼が宿っていた。


そして彼は、誰に告げるでもなく、静かに呟いた。


「……必ず、この国を守る。君たちが、帰る場所を失わぬように」


背を向けたその姿は、すでに“未来の王”としての光を帯びていた。

その肩に王の責務を背負いながらも――

彼の背は、どこか安らかだった。




イリスは静かに目を閉じた。


――また、いつか。


その想いは、確かに空に乗って、レオノールのもとへと還っていった。

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