継がれゆくもの
王宮の奥、最も格式高い儀式が行われる「金星の大広間」。
そこは、言葉では言い表せないような、澄んだ空気に満ちていた。
天井高く掲げられた星紋のタペストリー。
壁を飾るのは王家と星の巫女の歴史を描いたレリーフ。
天蓋の中央には、開かれた星の窓。
そこから差し込む光が、厳かな静けさをいっそう際立たせていた。
床には青と白の絨毯が敷かれ、静寂の中、わずかに衣擦れの音と呼吸が交錯し、
誰もが息を潜めてこの刻を見守っている。
列席者はごく限られていた。
重臣たち、神殿の高位神官、そして――
イリス、セフィル、ルヴィアン、ラーデンの四人も、その最前列に並んでいた。
――やがて、大広間の扉が静かに開かれる。
白き礼服に身を包んだ王が、ゆっくりと現れる。
その隣に並ぶのは、深い蒼の王族の正装をまとったレオノール。
正装の金の刺繍が光に揺れるたび、若き王の姿が少しずつ浮かび上がっていく。
その姿は凛として、けれどどこか静かな光を帯びていた。
イリスの胸が、ほんの少し震えた。
――彼はもう、王子ではない。
これから国を背負う者として、この場に立っているのだと、誰よりも強く感じた。
神官たちが深く頭を下げ、聖句を唱える。
王は、玉座の前で立ち止まり、銀の台座の上にそっと目を落とした。
そこにあるのは、王家の証――星紋の冠。
王はその前に立ち、しばし静かに冠を見下ろしていた。
誰もが言葉を呑み、静かに見つめる中で、
王は両の手を伸ばし、古より受け継がれてきたその冠を持ち上げる。
光が、揺れるように反射した。
「……この国に、幾度の夜が訪れようと。
星は決して、その導きを絶やすことはなかった。
今、その星の誓いを――おまえに託そう」
王は、隣に立つレオノールに静かに向き直った。
「レオノール・ヴァン・アルセリオ。
汝は、王家の血を継ぐ者にして、星に選ばれし者。
この冠と共に、王たる覚悟を、その魂に刻むことを願う」
レオノールは跪き、深く頭を垂れた。
そして――冠がゆっくりと、レオノールの頭上へと掲げられる。
瞬間、星の窓から、一条の光が差し込んだ。
まばゆいものではなく、ただ静かに。
まるでそれは、新たな王の目覚めを祝うような、穏やかな光だった。
目の前の青年は、もはや「第一王子」ではなかった。
あの苦しみの中でなお民を思い、王を支え、己を貫いた――誇りある“王”だった。
イリスは息を呑んだ。
セフィルの隣で、ラーデンもまた瞳を細め、ルヴィアンは静かに目を閉じて祈った。
王冠を戴いたレオノールは、深く膝をついたまま、今度は王に向かって静かに誓った。
「父上。
……私は、約束いたします。
命尽きるその時まで、星の導きと共に、民と大地を守り続けます。
この冠と共に、どれほどの夜が来ようとも、私は希望の火を絶やさぬことを。
どうか……見守っていてください」
王はしばし沈黙し、そっとレオノールの肩に手を置いた。
「……我が子よ。
この国は、星の加護と、汝の力によって、きっと新しい夜明けを見るだろう。
私は……安心して、時を渡せる。
おまえならば、きっとやり遂げられる」
それは、王としてではなく――
一人の父としての、願いだった。
やがて、王が半歩下がる。
それを合図に、神官長が静かに一礼し、神官たちが静かに聖歌を奏ではじめる。
金星の大広間に響き渡る、その静謐なる調べ。
大理石の床に響く音は、ただ穏やかで、祝福の旋律を紡いでいた。
扉の外から、神殿の鐘の音が聞こえる。
新たな王の誕生を告げる、星の鐘――
それは国中に届けられるだろう。
この王は、夜を越え、次の光を告げる者だと。
その音を聞きながら、イリスは静かに目を閉じた。
この瞬間を、きっと忘れない。
彼女はそっと、手を胸に当てた。
レオノールが、玉座へと歩み出す。
その目はもう、迷わぬ者のまなざしだった。
広間が静かに――光に満ちていく。
それは、ただの王の誕生ではない。
星の時代が、新たに始まるという“兆し”だった。




