闇の終焉
崩れ落ちたエスラ公爵の周囲に、赤黒の煙が立ち込めていた。
「……まだだ。私はまだ……終わってなど……!」
傷ついた腕を引きずりながら、公爵は呻くように呪文を紡ぐ。
けれどその呪詛は、イリスたちには届かない。
星環の力は、偽りを拒絶する。
それでも彼は、何かを呼び出そうとした。
最後の賭けのように――。
「この身を喰らってでも……術を……!!」
彼の胸元が強く輝いた。
それは、闇と契約した者にしか持てぬ“呪の核”。
直後、異音が鳴り響いた。
ゴゥッ、と空間が歪み、彼の足元の大地が割れ、
そこから暴走した闇の術式が吹き上がる。
──術が主を呑んだ。
「う……あ……ああああ……ッ!!」
地を這うような絶叫。
それは、術が己に牙を剥いた男の末路。
全身を走る黒い亀裂が、彼の意識も言葉も、徐々に喰らっていく。
まるで、自分が仕掛けた罠に自ら堕ちていくように――
「やめて……!」
イリスが一歩前に出ようとしたその時、レオノールが静かに制した。
「彼の術は、止められない。
それは“星に逆らった者の代償”だ。……哀れではあるが」
「それでも、何か……!」
「イリス、君は優しすぎる」
ルヴィアンがそっと言う。
「だが……これは、止めることは、できない」
黒い光が閃いた。
エスラ公爵は自らの術に飲まれ、消えた。
音もなく、大地が、静かに閉じる。
そこに残ったのは、ただひとつ、焼け焦げた呪布の欠片。
彼の権力も、企みも、偽りの契約も――全てが消えた。
*
神殿の天蓋が、微かに揺れた。
外の夜空に、星の光が戻ってきた。
そして――
夜が明ける。
星祈の儀は、終わった。
巫女の祈りと鍵守たちの誓いによって、
星の器は“正しき姿”を取り戻し、王の魂はその座に戻った。
神官長は静かに膝をつき、
騎士団長も剣を納め、王と王子に深く頭を垂れた。
そして。
静かに、一歩を踏み出す者がいた。
――王。
まっすぐに伸ばすその背に、いまや“星の光”が重なっていた。
まるで、真に主君たる者にだけ与えられる神聖が、彼を包むように。
「……見届けたぞ」
その声は、神殿の隅々まで澄み渡る。
「星は、再び我らに加護を与えた。
それは、かつての約束が“果たされた”証である」
王は、イリスに視線を向ける。
「星の巫女、そして癒し手の王よ。
貴女の祈りと、若き鍵守たちの誓いが、
この国を、そして我が魂を、再び目覚めさせてくれた」
ゆっくりと膝を折り、深く頭を垂れる。
レオノールもまた、隣で跪く。
王と王子が、共に巫女に膝をついたその姿に、場にいた者たちは息を呑む。
「ありがとう。
君たちがいなければ、私はあのまま“名ばかりの王”として、滅びていた」
イリスは、戸惑いながらもそっと一歩前に出た。
「そんな……私は、ただ……」
「謙遜しなくていい。”ただ”というだけで、できることではない」
レオノールが穏やかに言った。
「これより、“星と巫女と王家の契約”は、正式なものとする。
この国は、新たな時代へと入る」
王が再び立ち上がり、祭壇を見上げた。
そこには、星環が静かに輝いている。
もう、黒き呪も歪みもない――ただ、夜明けの色を讃える器。
「この国を覆っていた闇は、祓われた。
だが、まだ終わりではない。
我らは、星との契約を守り、この先を歩まねばならぬ」
王の声は、最後まで静かだった。
けれど、その重みは誰の心にも届いた。
こうして――
星祈の夜は、終わりを告げた。
星の巫女と鍵守たちによる“新たなる誓い”が、この国を包んだ。
完全なる夜明けが、訪れたのだった。




