共鳴と浄化
影が蠢いていた。
異形の闇――“使徒”たちは音もなく床を滑るように進み、星環の光を侵食しようとしていた。
空気が歪む。契約をなしたばかりの場が、再び暗黒に飲まれようとしていた。
だが、その前に一歩を踏み出す者がいた。
ルヴィアン。
「……来るがいい。僕はもう逃げない」
左手の指輪が、静かに蒼い光を放つ。
瞬間、彼の足元に、星と闇の紋が交差する陣が現れた。
闇に共鳴する魔力が、自らの身体を媒介に、使徒を引き寄せていく。
闇の使徒が腕を伸ばす。
呪いそのもののような手が、彼を貫こうと迫る――
「――ッ!」
(僕は……闇に堕ちて終わるはずだった存在だ。
だけど、イリスが呼んでくれた。星の光を、もう一度見せてくれた)
伸ばされた使徒の腕を、そのまま自らの魔力で受け止める。
「……お前たちは、僕だ――!」
その言葉と同時に、彼の周囲に黒い粒子が舞った。
「でも、僕は“光に選ばれた巫女”と共に歩むと決めた。
だから――お前たちの闇は、僕が受けて終わらせる!」
星の器に宿った浄化の魔力が、ルヴィアンの体に流れ込む。
交わり、渦巻く闇の奔流――その中で、使徒の身体にひびが走った。
破片が飛び、黒い影が砕けていく。
一体、また一体と崩れていく中、残った最も巨大な使徒が咆哮を上げた――!
「……負けるか!」
その声に呼応し、彼の指輪が今までにないほどの光を放った。
それは闇を包むような光だった。
「――還れ!」
ルヴィアンは、手を横に薙いだ。
低いその一言で、
使徒たちは塵のように静かに消えた。
星の陣が一つ、静かに沈黙する。
──しかし。
「終わってなどいない……!」
エスラ公爵が再び叫ぶ。
「巫女さえ、仕留めれば……!」
彼が再び呪の術式を刻もうとしたその時、
鋭い風の音が神殿に走る。
ラーデンの剣が、刃先で公爵の腕から呪布をはじき飛ばしていた。
「その先は……通さない」
彼の瞳は怒りに燃えていた。
けれど、その奥には決意があった。
彼女を守るために、剣となり、盾となる誓いが、そこにあった。
「私の立場を言い訳にするのは、もう終わりだ。
あなたが何を叫ぼうと、イリスを傷つけさせはしない」
「ラーデン……貴様ぁぁぁ……っ!!!
公爵が身を引き、次に呪を放とうとする――
だが、銀の光が間に滑り込む。
「ラーデン、下がれ!
この場は俺が守る!」
セフィルの陣が、星環の魔力を受けて拡張する。
彼の術は、防御と再生を司る“星の盾”。
その光が、イリスとルヴィアンの周囲にも結界を張る。
そして最後に――
「終わらせろ、イリス。
我ら王家は、すでにお前に“未来”を託している」
静かに歩み出る、レオノール王子。
彼の右手に、王家の秘宝――“星の剣”が輝く。
その剣から、まばゆい光が流れ出す。
闇を、公爵を、一歩も、近づけさせはしないという意思の光。
レオノールは言葉なく、視線でラーデンとセフィルに命じる。
「構えを崩すな」
三者の陣形が、イリスを守る。
そして、イリスはその中で、静かに最後の祈りを告げる。
「この夜に、闇の残響が残らぬように。
すべてが終わり、赦しが降る朝が来るように――」
星環が再び光を放ち、最後の浄化が走った。
神殿の空気が一変し、
エスラ公爵の呪式はその場で砕かれ、魔力の奔流に押し倒される。
その姿は、かつて権勢を振るった男ではなかった。
ただ、星と国を欺いた男の末路だった。
星祈の夜。
そのすべての闇は――浄化された。




