闇の残響
契約は完了した。
星環の光が神殿の隅々まで届き、
空間そのものがまるで“再誕”したかのような静けさに包まれていた。
神官たちは膝をつき、王と王子はそっと頭を垂れ、
皆がイリスたち四人を見つめていた。
すべてが終わった。
誰もがそう思っていた。
――ただ一人を除いて。
「……ふざけるな……」
その言葉は、喉の奥から絞り出されるように発された。
「すべて……私の手の内にあったのだ……」
ゆっくりと、ぎこちなく立ち上がる黒衣の男。
「ふざけるな……ふざけるな……ふざけるな……!!」
エスラ公爵。
彼の目は焦点を失いながらも、なお底知れぬ闇を宿していた。
その手は、静かに外套の内側――“封呪布”を剥がす。
「星の巫女も、鍵守も……王ですらも……この夜に終わらせるはずだった……!
なぜだ……なぜ私の計画を、お前のような小娘が……!」
歯を食いしばり、床に手をついた彼の掌に、黒き紋章が浮かび上がる。
禍々しい魔法陣が、祭壇の左右に静かに展開されていく。
それは――人の術ではない。
星と大地に背を向けた、異形の呪。
「……ディアストレ……貴様……!」
王の瞳が見開かれる。
「……まさか、“闇の門”を……!」
その名を口にした瞬間、神殿の空気が張りつめた。
星環の光すら届かぬ暗黒が、魔法陣から溢れ出した。
まるで地の底から“這い上がって”くるような重い音。
呼吸するような闇。
見るだけで心が凍る。
「来い……我が使徒よ……我が“契約”を最後に果たせ……!」
エスラ公爵が叫ぶと、魔法陣の中心から、“闇の使徒”が姿を現した。
それは人の形をしていながら、人ではない。
獣のような、亡者のような、形容しがたい姿。
全身を黒い魔布のようなものに包まれ、顔は仮面のように仄暗く、眼孔だけが虚ろに光っている。
背からは羽のように伸びた影が、ゆらゆらと揺れ、腐臭が鼻につく。
三十体、五十体――否、それ以上。
「こいつらは……何だ……!?」
ラーデンが息を呑む。
「……星の力を蝕む存在。
星の紋章を持つ者の力を、ただ食い破るためだけに召喚された、破滅の器……!」
セフィルが叫ぶ。
ラーデンは咄嗟に前に出るが、その剣先にすら、闇の使徒は怯まない。
「ラーデン……!」
イリスが叫ぶと同時に、ルヴィアンが一歩前へ出た。
彼の瞳が、闇に共鳴するように細く光る。
「……これは、僕が受けるよ」
セフィルがすぐに理解し、彼の背に手を置く。
「わかった。
ならば俺は、星の力でお前を支える。
お前の闇の力でしか届かない術がある。お前なら、それができる」
「……うん。届かせてみせるよ」
ルヴィアンの指輪が、静かに闇の力を吸い上げるように淡く輝く。
そして――
イリスが両手を組み、星に祈るように瞳を閉じた。
「お願い……彼を守って……」
その声が、静かに神殿に響いた。
星環が呼応するように光を放ち、ルヴィアンの背を押す。
彼はそのまま、闇の使徒の群れへと踏み込んでいった。
まるで、影の中へ、星の光を携えるように――。




