継がれしもの
結界が解け、光の粒が宙に舞う。
星脈の泉から光が立ち、ふたりの間に、淡い蒼銀色の光が集まり始めた。
ゆっくりと現れたのは、ふたつの宝具。
ひとつは、星の欠片を連ねたような細い銀のペンダント。
中央には、星の形を象った透明な結晶が揺れていた。
まるで夜空を切り取って閉じ込めたかのような、微細な星の輝きが瞬いている。
もうひとつは、同じ結晶が埋め込まれた腕輪。
銀糸を編んだような繊細な加工が施され、魔力を帯びて静かに脈動していた。
それらは静かに浮き上がり消えたかと思うと、
次の瞬間にはイリスの胸にはペンダントが、セフィルの右手に腕輪が現れた。
ふたりの魔力が共鳴し、再び光が小さく瞬いた。
「これが……”星の契約の証”……」
イリスが囁くように呟くと、セフィルが優しく頷いた。
*
石の扉が音もなく開き、淡い光が外の空気を導き入れる。
扉の前には、静かに待っていたゼルファード学園長の姿があった。
彼はふたりの姿を認めると、穏やかな笑みを浮かべ、そっと片膝をついて頭を垂れた。
「……お会いできて光栄です。
あなたが、鍵守ーーセフィル殿ですね」
「そんなにかしこまらなくていい。
こうして迎えてくれて、ありがとう……塔の守護者よ」
セフィルは少し戸惑ったように瞳を伏せると、静かに首を振りながら言った。
「いえ、私にはこの時を待つ責任がありました。あなた様に礼を尽くすのは当然のことです」
老学園長は立ち上がると、その隣に立つ少女を見つめ、深く頭を下げた。
「そして……星の巫女様。よくぞ目覚められました」
イリスはわずかに戸惑いながらも、きちんと姿勢を正し、丁寧に頭を下げ返した。
「ありがとうございます。ゼルファード先生。
ですが……私は、これからも”イリス”と呼んでいただけたら、嬉しいです」
ゼルファードは一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに微笑んで頷いた。
「ふふ……わかったよ、イリス。君の望みなら、そうしよう」
*
ゼルファードが軽く杖を振ると、足元に魔法陣が現れた。
光が二人を包み込む。
「学園長室へ案内しよう。ここでは話せぬこともある」
転移の感覚が過ぎると、次の瞬間、学園長室へと移動する。
重厚な書棚と、古い魔道具が並ぶ室内。
ゼルファードは、書棚の奥の一角に手をかざすと、棚の一部がが音もなく開いた。
その奥には、小さな円形の部屋。
「……改めて、ようこそ。この場所は歴代の学園長だけが知る、もう一つの”塔”だ」
その中心には、古びた机と椅子、そして厳重な結界で守られたガラスの台座があった。
ゼルファードはゆっくりとその結界を解除すると、ふたりに言った。
「ここには、君たちに託すべきものがある。
かつて“星の巫女”ニーナ様が残した手記、そして……星の守護武具だ」
木箱から取り出された杖は、星の結晶と銀の枝を組み合わせた繊細な細工で、
触れると魔力が優しく脈打つ。
イリスの手にすっと馴染むように収まった。
「……これが、ニーナの杖……」
呟くイリスの手元で、ニーナの魔力が呼応するかのように、杖の星の宝珠が小さくきらめいた。
ゼルファードは次に、黒い布に包まれた長い箱を持ち上げた。
「こちらは、鍵守である貴方に――“闇を裂く者”と共にあった、かつての守護剣です」
箱を開けると、深紅の鞘に包まれた細身の剣が現れる。
刃の根元には星を象った印が浮かび、微かに音もなく空気を震わせていた。
セフィルが静かに手を伸ばし、それを握った瞬間――空間が一度、光に染まる。
「……これが、俺の剣……記憶の奥にある感触と、同じだ」
ゼルファードは微笑んだ。
「……本当に、継承されたのだな。
この二つは、いずれも強大な加護を宿している。星の力に応じてその真価を示すだろう」
そして、表情を引き締めると、机に古びた一冊の手記をそっと置く。
「これが、ニーナ様が遺した手記だ。
真実の歴史と、来たるべき闇の存在についても記されているという。
我々には開くこともかなわんが、イリスなら読めるだろう。
だが……読むには覚悟が要るかもしれん」
イリスはその表紙にそっと手を添えた。そして、深くうなずく。
「……私は、向き合います。すべてを、守るために」
そのとき――部屋の天井近くに、淡い光が瞬いた。
「……っ!」
一陣の風とともに現れたのは、ふわりと宙に舞うような白銀の羽毛。
そして静かにイリスの肩に降り立ったのは――星の光を宿した瞳を持つ、
小さなフクロウのような魔獣だった。
「……ルミナウル」
ゼルファードが低く呟く。
「伝承にあった……星の巫女に従う、”星の使役獣”……」
ルミナウルは短く鳴き、イリスの頬を撫でるように翼を広げた。
その仕草に、セフィルは微笑みながら囁く。
「……君の目覚めを、きっとずっと待っていたんだ」
「ふふ……ありがとう。よろしくね」
イリスが言うと、ルミナウルはひと声鳴き――淡い光を残して、右手の甲の紋章に消えていった。
ゼルファードは満足げに目を細めると、表情を引き締めて言った。
「……イリス、セフィル殿。君たちに話さねばならないことがある」