契約、崩壊
まばゆい星の閃光が、神殿の天蓋を揺らした。
それは静かでありながら、世界の底に刻まれた真理を震わせるような響きだった。
ルヴィアンの登場によって、祭壇に四者が揃った瞬間、
神殿の空間全体が、低く唸るように脈動し始めた。
象徴の星環――星の器。
それは儀式の中心に据えられ、禍々しい黒の光を絶え間なく放っていた。
まるで底なしの井戸のように、見る者の精神を引きずり込むような暗さ。
イリスは最初にそれを見たとき、思わず息を呑んだ。
“星の契約”とはほど遠い、禍々しい闇の魔力。
けれど、今――
王が自らの足で祭壇に至ったとき、
その黒々とした光の中に、明らかな“揺らぎ”が生じた。
ギィ……ッ、と軋むような音が星環から響く。
その輝きが、微かに“黒から青”へと、染まり直そうとしていた。
「……魂の還元が始まっている」
セフィルが、低く告げた。
「器は、王の魂を媒介に、支配の呪を維持していた。
けれど、王がその場所から戻ってきた今――星環は本来の力を失いつつある」
「……それだけじゃない」
ルヴィアンが、星環を見つめながら、静かに言う。
「魂を取り戻すだけじゃ、足りない。
星環の構造そのものが“書き換え”られない限り、契約は……星には届かない」
「ならば……私たちの力で」
イリスが、静かに右手をかざした。
その胸元で揺れる金のペンダントが、淡く光り始める。
イリスの額の紋章が輝き始め、その瞳が金に染まった。
その身体から、金の光が立つ。
それに呼応するように、セフィルとルヴィアンの紋章と指輪が輝き始め、
セフィルから銀の光が、ルヴィアンから蒼の光が同時に立った。
彼らの光が、イリスの光と重なり、黒い光を穿つ。
そして。
彼らの光を包むように……ラーデンの紋章と腕輪が光を放ち、紅い光が立ち上った。
それは、黒き星の器を包むように絡む。
黒き星環が、震えた。
音もなく、黒の光が内側から削がれていく。
封じられていた王の魂が、逆流するように器から引き上げられ、王の胸元に静かに戻っていく。
そして――
四つの光が交差する。
イリスの“癒しの力”が、
セフィルの“星への導き”が、
ルヴィアンの“闇の浄化”が、
ラーデンの、”光と闇を繋ぐ力”が――
そのすべてが、星環に重なるように流し込まれた。
器の外装を這っていた黒い魔術回路が、パキパキと音を立ててひび割れてゆく。
呪印が消え、星の陣が浮かび上がる。
描かれていたはずの“偽りの星印”が焼き払われ、
代わって浮かび上がったのは――かつて星と王家とが交わした、“本来の星の紋章”。
その輝きは、今までとはまったく異なる色を放った。
蒼と銀。
夜の静けさを湛えたその光は、決して眩しすぎることなく、
むしろ深い静謐をもって、堂内のすべてを包み込んでいった。
王の魂は戻り、星環は元の“星の器”として目覚めたのだった。
*
「ーーあっ……!」
イリスの視線が、今も祭壇に残る”偽りの契約印紋”へと向けられる。
先ほどまでは、ただ黒々とした魔力が這っているだけだった印面。
だが今――
星環の光を浴びた途端、あからさまに“異質な反応”を見せ始めた。
紙面を覆っていた複雑な封印文様が、まるで触れてはならぬもののように、ぶつぶつと細かく震え出す。
偽造された星環との“契約紋章”が、真なる星の力を前に、その存在を拒まれたのだ。
「……紋章が……壊れ始めている……!」
セフィルの低い呟きが届く。
その瞬間だった。
パァン――!
爆ぜるような音とともに、印紋の一部が破裂する。
紙面を這っていた呪の封印が、悲鳴のような波動を上げながら消えてゆく。
黒々とした魔力の紋が焼かれ、ひび割れ、崩れ落ちていく。
「ッ……まさか……!」
エスラ公爵が叫ぶ。
「……星の構図を上書きしているだと……!?」
否、“戻している”。
――真なる星祈が、その場に揃った今、偽りの印紋は破綻を始めていた。
神官長が、印紋を押さえようと手を伸ばす。
だがその手が紙面に触れた瞬間――
ゴッ……!
封印が逆流し、神官長の手に激しい衝撃が走る。
呻き声をあげ、後ずさる。
そのまま、崩れるように膝をつく。
「ぐッ……ああ……頭が……これは……これは何だ……?」
彼の瞳が混濁し、しかしその奥に、微かに正気の光が戻り始めていた。
「……記憶が……何だこれは?……私は……?」
続けて、騎士団長が顔をしかめ、剣を落とす。
「ッ……く……私は……何をやって……?」
祭壇を中心に、星環の放つ“真なる波動”が広がってゆく。
それは“星の記憶”に刻まれた本来の姿――
偽りの印に触れた者たちの内に植え付けられていた“嘘”を焼き、剥がし、光の真実を暴いていく。
イリスが、胸に手を当て、静かに言った。
「……星は、怒っています。
偽りで、記憶を奪い、契約を歪めたこの場所を――許してはいない」
ルヴィアンが、静かにうなずく。
「だが……見捨ててもいない。
本来の契約に戻れるなら、きっと……癒される。
この国も、この神殿も」
そして、最後のひとつ――印紋の中央に記された“偽りの星紋”が、
蒼い閃光に焼かれて砕ける。
かつてなされた、すべての偽装は終わった。
エスラ公爵が、口元を引きつらせる。
「ば……ばかな……
器は我が“支配の式”で覆ったはず……
それが……星の因果に上書きされるなど……!」
彼の呪が崩れるその時、
星環は低く、静かに、まるで“星の鼓動”のように鳴った。
――契約の場は整った。
それは、四人の意志と、星との“真なる誓い”によってのみ為される。




