闇より来た鍵
騒然とする神殿の祭壇。
巫女イリスは両腕を背にねじられ、契約の場から引き離されかけていた。
セフィルも同様に押さえ込まれ、抵抗する気力を奪われたまま、視線だけで彼女を守ろうと必死だった。
ラーデンは剣の柄に手をかけたまま動けず、神殿騎士団長の刃が、その動きを封じていた。
すべてが、公爵の思惑通りに進んでいるように見えた。
「……巫女が契約を拒んだことで、星祈の儀式は成り立たぬ。
これは重大な背信行為。よって、この場で契約の代行者を――」
エスラ公爵の言葉が、祭壇に響き渡る。
だがその瞬間――神殿の奥の扉が、音もなく、静かに開いた。
まばゆい光が、空間の奥から差し込む。
誰かが、ゆっくりと歩み出てくる。
足音は一つ。そしてもう一つ。
堂内のざわめきが、まるで吸い込まれるように静まり返った。
その姿は、玉座の間の奥より現れた。
歩みの先頭にいたのは、威厳を取り戻した国王その人。
病に伏していたはずのその身体が、今はまっすぐと背を伸ばし、
重ねた衣に身を包みながら、静かに祭壇へと進んでくる。
騒然とする場に、王の気配が圧として流れ込む。
「まさか……陛下……?!」
神官たちがざわつき、臣下の礼を執る。
公爵がわずかに目を見開いた。
王の隣に並び立っていたのは――
一人の少年。
黒の外套を纏い、その瞳は静かに光を宿していた。
だがその気配は、あまりに深く、あまりに鋭かった。
彼の歩みに合わせて、星環が震える。
星の器が、闇と光の両極を感じ取ったように微かに脈動を始めた。
「……あの闇の気配……」
エスラ公爵が、低く呟いた。
「……まさか、闇纏い……? 否……“封じられたはず”の……!」
王の声が、それを断ち切った。
「この者は――我が王家と契約を結んだ、“真なる鍵守”である。
星と巫女を繋ぐ者。
そして、光と闇の狭間より現れた……第二の鍵守」
「ッ……!」
その言葉に、騎士たちの動きが一瞬止まる。
ラーデンは、その隙を見逃さなかった。
「今だ!」
喉元の刃をはじき、剣を抜く。
腕輪が輝き、刀身が、みるみるうちに紅蓮に染まる。
ラーデンの剣は、護るべき者へと道を拓くために、光のように走った。
イリスの腕を押さえていた騎士を、剣の柄で制し、セフィルへと駆け寄る。
そして――王と共に現れたルヴィアンは、壇上へと静かに歩を進めた。
その身体に、闇の気配が確かに揺らいでいた。
だがそれは、もはや人を侵すものではない。
――星と向き合うために、選ばれた“影”。
イリスの目に、涙が浮かぶ。
「……ルヴィアン……」
「遅くなって、すまない」
彼は一言だけ言い、セフィルと視線を交わす。
互いの魔力が、星環を中心に静かに呼応し始めた。
祭壇の上で、真なる契約の構図が、ついにそろった。
公爵が叫ぶ。
「契約は――まだ……!」
だがその声も、星環から放たれたまばゆい閃光に呑まれる。
光と闇が交わり、星の意志が地上へと降ろされた。
“真なる星祈”――今、ここに始まる。




