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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
王都へ戻れ

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星祈の儀

荘厳な鐘の音が、夜の神殿を満たしていた。


王都の神殿――。

天蓋に星紋の浮かぶ大広間には、今宵、ただならぬ沈黙が流れていた。


星祈の儀。王国と巫女、そして世界と星とを繋ぐ、最も神聖な契約の儀式。


星祈の祭壇。

その中央に、イリスが静かに現れた。


その背に流れる白銀の衣は、夜明け前の光を模したものであり、

胸元には、薄く金の星の刺繍が施されている。


その姿を見て、静寂の中に祈りの息が重なる。


――だが、その空気の中で、イリスの心は、どこか緊張に強く締め上げられていた。


隣にはセフィルが控えている。

彼の眼差しは揺るぎなく、ただ巫女を支える者として、その場に立っていた。


王家の列に、レオノール王子が座す。

整えられた礼服に、まっすぐな視線。


一切の動揺を見せず、冷静にこの儀式を見届ける構えを崩さない。

そのすぐ傍に控えるのは、ラーデンだった。


だが、彼の本心は落ち着かなかった。

できることなら、巫女の傍に立って剣を抜き、すべての敵意からその身を守りたかった。


「……儀式当日、お前は私の傍に控えろ」


王子が低く告げた言葉が胸に残っている。


「……レオノール様!……ですが……!!」


「その方が、公爵の目も欺きやすいだろう。

君が彼女の傍に立てば、あの男は余計に動く。

だが……最悪の事態を想定して動け。お前が潰されれば、それもまた奴の“予定通り”だ」


それが、イリスを護ることになる――

頭では理解していても、感情は別だ。

ラーデンは、拳を静かに握り、じっとイリスの背中を見つめていた。


そして――儀式が、始まる。


神官たちの詠唱が天井へと昇ってゆく中、奥の扉が開いた。

堂内に、禍々しい光が差し込んだ。


星環の象徴――星の器。

巫女と鍵守を媒介に、契約の力を顕現させるための“象徴”。


それが、黒々とした光を発しながら、神官長の手によって運ばれてくる。

黒々とした鈍い光が、星明かりを濁らせていた。


――違う。


イリスは本能的に身をこわばらせる。


(……この光……)


星環が“何かを喰らっている”ような、そんな感覚が全身を走った。


(これは……王の魂だわ……!)


それは、深い地の底から絞り出されたような、閉じた波動。


だが、神官長はその異変に気づいていない様子で、

当然のようにそれを運び、祭壇へと捧げた。


「巫女よ。印紋を」


神官長がイリスに差し出した契約の紋章。


差し出されたその瞬間――イリスの瞳が微かに揺れる。

それを受け取る指先で、魔力の違和感がはっきりと波立つ。


(……これも……偽物……!)


異質な陣形。

呪術のようなねじれと封印の印。


血が逆流するような寒気が背筋を走った。

イリスは息を飲み、震える手を抑えながら、一歩下がった。


「……この印紋は……違います。

星の契約のものではありません……」


神殿の空気が張り詰める。

堂内が、ざわめいた。


イリスは叫ぶ。


「これは“正しき契約”ではありません……!

……これでは、星の加護は結べません!!」


神官長が動揺し、祭壇下の一角――エスラ公爵が、ゆっくりと立ち上がった。


一瞬の静寂ののち、重い声が割って入った。


「――星の巫女が、謀反を起こした!」


ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵。

王家に忠義を誓うはずのその男の、堂内に響き渡る声が、すべての均衡を崩す。


「巫女は星と契約せず、王家を欺こうとしている! 騎士団、拘束せよ!」


「待って! これは偽物――!」


「待て、これは誤解だ! 俺たちは――!」


刹那、セフィルがイリスを庇おうとするも、その腕は二人の騎士に押さえ込まれる。


「やめて、セフィルは――!」


イリスもまた、背後から羽交い締めにされ、腕を強く縛られる。


「やめろッ!」


ラーデンが駆け出そうとする、その瞬間――

目の前に、神殿騎士団長が立ちはだかった。


「……動くな、ラーデン殿」


「……ッ!」


すでに抜かれた剣の切っ先が、ラーデンの喉元にぴたりと当てられていた。


「お前が動けば、巫女を護る意図ありと見なす。

剣に触れれば、即刻、反逆の罪で斬る」


刃の冷気が喉にあたり、ラーデンは動けなくなる。


「……それでも構わない」


ラーデンの拳が震える。

だが、刃は確かにそこにある。

この場で剣を抜けば、すべてが壊れる。


イリスを守るために戦ってきたはずの、自分自身の存在が――。


視線の先で、イリスが、そしてセフィルが拘束されていく。

ただ、それを見ていることしかできない現実が、焼けつくような無力感となって胸を穿った。


イリスの視線が、ラーデンの方を一瞬だけ向いた。


目と目が合う。

何も言わず、ただ、強く、頷いた。


「……イリス……!」


ラーデンの喉元の剣が、さらに深く押し当てられる。


星環は黒く輝き続けていた。

星祈の夜――契約の儀式は、今まさに”偽りの構図”のもとに、支配の手に堕ちようとしていた。


(……だが、まだ終わらせない)


誰よりも深く、この国の闇を知る者。

その者の気配は、まだ――幕の向こうで、息を潜めていた。

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