星の癒しを経て
光が静かに消えた。
王妃の幻影が残したあたたかな気配だけが、まだその場に微かに留まっているようだった。
重みのある沈黙の中で、王は、掛布に包まれた己の膝の上に両手を置くと、
そのまま深く、静かに頭を垂れた。
「……我が魂を救い、王家の誇りを繋いでくれたすべての者たちへ……
言葉では尽くせぬ感謝を――心から、捧げよう」
その声は低く、静謐だった。
だが、誰の胸にも染み渡るほどの、紛れもない誠意がこもる。
その隣で、レオノールがすっと跪く。
王子の衣の裾が静かに床を撫で、彼もまた、頭を垂れる。
「……父とこの国を……そして、母の魂までも癒してくださったこと……。
深く、深く感謝申し上げます――」
凛とした声音の中に、かすかな揺らぎがあった。
それは冷静で理知的な王子が、胸の奥底から心を差し出した証だった。
だが――その光景を目の当たりにしたイリスは、戸惑いを隠せなかった。
「そ、そんな……いけません、国王陛下、レオノール第一王子殿下――!
私たちのような者に頭を――」
慌てるイリスの声に、レオノールは顔を上げると穏やかな笑みを浮かべ、
そっと手で制した。
「……どうかそのままで。私たちの感謝を……ただ受け取ってほしい」
そして彼はふっと息を吐く。
「そして、これから私のことは……“レオノール”と呼んでほしい。
君たちには、その資格がある」
「――レオノール様、と……?」
静かなその一言に、イリスは言葉を失う。
彼は口元に笑みを浮かべて頷くと、その視線をルヴィアンに向けた。
「特に、君には――この場でどう言葉を尽くせばいいのか、わからないほどだ」
イリスの隣に立つルヴィアンは、そっと目を伏せると、低く穏やかに言葉を紡ぐ。
「ーーかつて僕は、光を見失い、闇に呑まれ、
誰も届かない影の底に、自ら身を沈めた者です……」
その声は微かに震えていた。
だが、それは恐れや迷いではなく、
かつて味わった孤独の記憶を、静かにたどる者の震えだった。
ルヴィアンは目を上げ、国王とレオノールをまっすぐに見つめる。
「……だからこそ、知ったのです。
本当の光は、遠く高みにあるものではない。
心が凍える夜にこそ――静かに寄り添い、手を差し伸べてくれる、
温かなぬくもりのようなものだと」
その声には、あるがままを見つめる者だけが持つ、澄んだ静けさがあった。
言葉が、空気に溶けていく。
誰も口を挟もうとはしなかった。
ただ、耳を澄ませ、心を澄ませて、その声を受け止めた。
「……光は、遠くにあるものではありません。
気づかれ、呼ばれるのを……すぐそばで静かに待っているのです。
……僕は、それを……あなた方のために、届けたかった……」
ルヴィアンは、ただ静かに頭を下げた。
彼の肩越しに、星の残光が一筋、そっと舞い降りる。
それはまるで、王妃の魂が最後に彼へと送った、感謝の祝福のようだった。
エリオン王はその言葉に、再びゆっくりと目を閉じる。
「……君たちのような者が、我が国の未来に関わってくれたことを……。
私は……天に感謝せずにはいられない」
微かに震えたその声には、王として、そして一人の人間としての、心の底からの感謝が滲んでいた。
こうして――
王と王子は、確かに己の心を開き、
イリスたちと、新たな絆を結んだのだった。




