星脈の儀ー魂の誓いー2
試練編です。
星紋の塔の地下深くーー幾重もの封印を越えた先に、それはあった。
《星脈の扉》。青白い光をたたえる巨大な石扉がそびえ立っている。
扉には、封印の鎖が複雑に絡まり、まるで扉そのものを抑え込むかのように巻き付いていた。
扉の前で、ゼルファードがイリスに向き直る。
「……ここから先は、君ひとりで進まねばならない。
恐れるな。己の中にある光を信じなさい」
イリスは息を呑み、右手の甲にある星の紋章にそっと視線を落とした。
「……はい。行ってきます、先生」
彼女が近づくと、右手の紋章が淡く輝き始めた。
その光に応えるように、封印の鎖がカラリと音を立てて緩み、扉が静かに開いていく。
イリスは扉の内側に向かって、そっと一歩を踏み出したーー
扉が静かに締まり、結界の気配が再び漂い始める。
ーーその先に広がるのは、蒼の光に満たされた神秘の空間。
《星脈の泉》ーー空に浮かぶ星々が映し出されたような、
無数の光点がきらめく泉。
そこに、すでにひとりの少年が立っていた。
「……来たんだね、イリス」
セフィルは振り返ると、どこか安堵したように微笑んだ。
イリスは小さく息を整え、彼に向って歩み寄る。
「星脈の泉は、選ばれた魂の器にしか応えない。
だけど君は……”記憶”を抱えてここまで来た。ならば、俺の問いに答えて欲しい」
セフィルはそっと、イリスの右手に触れる。
彼女の手の甲に浮かぶ星の紋章が、淡く、しかし確かに脈打つ。
「イリス……君は運命を受け入れ、俺と共にこの力を継ぐ覚悟があるか?」
彼の声は柔らかく、だが真剣だった。
イリスは静かに頷く。
セフィルが詠唱を始めると、泉全体が淡い光を放ち、
ふたりを包み込むように星の魔法陣が展開されていく。
結界の魔力がうねり始め、星脈の泉が脈動し、どこからともなく声が聞こえた。
《星脈の儀式、始動ーー》
声が聞こえると同時に、世界が反転するような感覚がイリスを襲った。
意識が沈んでいく。
ーーその先で、彼女は、すべてを ”思い出した”。
*
ーー焼け落ちた神殿の跡。
ニーナとしての記憶が流れ込む。悲鳴と咆哮、砕ける結界、死の匂い。
「……ああ……また……」
セフィルが倒れた瞬間、星の紋章が砕け、彼の命が掻き消える瞬間、
少女は最後の力で封印の印を描き、少年を星の扉の中に送ったーー
(そう……私は……)
声にならぬ叫びと共に、魂の痛みがイリスを貫く。
大地が割れ、黒い影が這い出すーー”闇の奔流”が始まる瞬間。
その影に向かって、最期の封印を放ったのも、彼女だった。
イリスの中で、ニーナとしてのすべてが融合していく。
悲しみも、誓いも、想いもすべて。
*
「イリス……」
ふと、名前を呼ばれた気がして、彼女は意識を浮上させる。
気づけば、目の前にはセフィルの姿があった。
彼の手が、そっとイリスの右手の甲の紋章に触れる。
「……あなたと共に進みたい。たとえどんな未来が待っていようと」
イリスの言葉にセフィルは微笑み、瞳が柔らかく揺れる。
セフィルはイリスの頬に手を触れると……彼女をそっと抱きしめた。
優しく、確かに――魂と魂が結ばれるように。
その瞬間、星脈の泉はまばゆい光に包まれ、
長く閉ざされていた封印が音を立てて解き放たれた。
――そして、それはまた、別の”存在”を揺り起こすことになる。