大切な……仲間
夕刻の光へと傾き始める頃。
陽射しは柔らかく、風が花々を揺らし、草を撫でて通り過ぎる。
学園の中庭、その一角にある小さな東屋。
木漏れ日の差すその場所で、イリス、セフィル、ルヴィアン、ラーデンの四人は、
丸い石造りのテーブルを囲んで座っていた。
誰も口を開かないまま、時間だけがゆっくりと流れていた。
聞こえるのは鳥のさえずりと、遠くで生徒たちが笑い合う声だけ。
そんな沈黙を、ラーデンがふと破った。
「……相変わらず、気持ちがいいな、ここは」
空を見上げ、彼はぼんやりとつぶやいた。
風に揺れる栗色の髪。少し目を細めて、微笑んでいる。
「ここだけ、時間がゆっくり流れてるみたいだ」
その声が、張り詰めていた空気をほぐすように響いた。
ルヴィアンが頷いて笑みを浮かべる。
「うん。いい場所だね。
静かで、光がやさしい」
イリスは小さく笑った。
――彼女は、うつむくと右手の指輪を見つめ、静かに切り出す。
「……レオノール王子と、話をしたの」
その言葉に、驚くように三人が目を向け、ラーデンが問う。
「王子と、話を……した?」
「……うん」
イリスはゆっくりと言葉を続けた。
「王家の指輪が反応してくれて……彼と繋がったの。
昼間の執務室の様子も見えた……そして、陛下の容態を聞いたの」
「……”見えた”……だと?」
ラーデンの呟きが、風に溶ける。
「うん……”お互いに”見えていたの。
多分……星の巫女の力が覚醒したからだと思う……」
ラーデンが言葉を失う。
「……陛下は?」
セフィルが問う。
「ずっと、眠り続けているって……。
目を覚まそうとすると、私が触れた“闇”が、暴れる、って……」
ルヴィアンが眉をひそめる。
「”闇”が暴れる……」
「……うん。それで……今夜、王宮に行くことにした。
月が天頂に昇る頃……また、王子の執務室で会う約束をしたの」
一瞬の静寂。
だがその沈黙を最初に破ったのは、セフィルだった。
「行こう、イリス。俺たち四人は揃った。もう、何も迷うことはない」
その言葉に、ルヴィアンが続く。
「……そうだね。王の魂を救わなくちゃいけない。
これは、僕たちが選んだ道だ」
イリスはラーデンを見た。
ラーデンは、イリスと視線を合わせると、黙って頷く。
イリスは、胸がいっぱいになるのを感じた。
この仲間たちの存在が、どれほどの力になっているか──。
「……ありがとう、みんな」
イリスは目を伏せた。
その目に、涙が浮かんだ。
(……今なら――言えるかもしれない……)
*
イリスは目を伏せたまま、膝の上に重ねた自分の手を見つめていた。
言いたいことがあった。
でも、どこから切り出せばいいのか分からなくて、
胸の中で、言葉ばかりが渦を巻く。
みんなが優しく繋がっているこの時間が、愛おしい。
だからこそ、言わなければならない。
「……あのね……聞いて欲しいの」
全員の視線が、イリスへと向いた。
「わたし……本当は……とても、怖いの」
声が震えた。
けれど唇を噛みしめ、続ける。
「……これから私たちが向かう場所で、何が待っているのかも、
どんな選択をすることになるのかも……全部分からなくて。
でも、それでも進まなきゃいけないって、分かってる。
けれど……」
「――私は“星の巫女”なんかじゃなくて、本当はただの、普通の――」
「違うよ」
それは、セフィルの静かな声だった。
「君はイリスだ。
“星の巫女”だなんて肩書きじゃない。
君が選んで、進もうとしている。それがすべてだよ」
ルヴィアンが頷き、傍らに寄り添うルクスをつと見つめると、
その羽を撫でて言う。
「うん。セフィルの言うとおりだよ。
過去がどうあれ、僕たちは今、君と共にいる。それは変わらないよ」
「……そうだな」
ラーデンがゆっくりと立ち上がった。
東屋の外に一歩踏み出し、空を見上げて軽く伸びをすると、振り返る。
「俺たちは、みんな怖いさ。
でも、イリスが進もうとするなら、俺はその背中を押す。何度でもな」
彼は微笑みながら言った。
「だから、ひとりで抱え込むな。俺たちは仲間だろ?」
イリスの頬に、涙が伝わる。
こらえきれず、でも微笑んだまま、彼女は頷いた。
「……ありがとう……みんな……。
本当に……ありがとう」
その瞬間、風がまた東屋を包み込むように吹き抜けた。
四人の想いを、やわらかく繋ぐように。
夜が、ゆっくりと深まっていく。




