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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
ルヴィアンの目覚め

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静夜の語らい

夜が更け、学院内の小部屋に、イリス・セフィル・ルヴィアンの三人が集まった。


部屋の中央にある低いテーブルを囲んで三人が座る。

夜の光を帯びた蝋燭が、室内にやさしい明かりを投げていた。


イリスは、しばしのためらいの後――ルヴィアンに向かい、ゆっくりと語り始めた。

王都で見たもの、感じたこと──

エスラ公爵ディアストレの底知れぬ影と、

国王、エリオンの魂に起きている異変、第一王子レオノールの静かな祈り。


そして――星の巫女として契約を交わしたこと。


セフィルは隣から補いながら、淡々と、けれど慎重に言葉を紡ぐ。

決して誇張せず、悲観もせず。

ただ事実だけを、静かに。


ルヴィアンは、最後まで口を挟まなかった。

頷くでもなく、否定するでもなく。

ただ、真摯に耳を傾け続けていた。


やがて語りが終わる頃──


ルヴィアンは、小さく目を閉じた。

そして、そっと息を吐く。


「……なんとなく、そんな気がしてたよ」


穏やかだけれど、そこには確かな重みがあった。


「君たちの表情や、声の奥に……どこか、緊張が漂っていた。

だから、王都が不穏な状態だって、なんとなくわかってたよ。

世界の均衡が、どこかで軋んでいる音が、ずっとしてたんだ」


ルヴィアンはゆっくりと顔を上げる。

その瞳は、どこか星明りのように澄んでいて、迷いはなかった。


「……王の魂を、救わなくちゃいけないね」


その言葉は、誰から求められたわけでもなく、彼自身が選び取ったものだった。


「もし、僕が必要とされるなら……力になりたい。

光のためでも、闇のためでもなく──ただ、“誰かの願い”のために、僕は在りたいんだ」


その時、イリスははっきりと気づいた。

ルヴィアンは、かつての闇を乗り越えたのではなく、

それを包み込んで歩くことを選んだのだと。


セフィルがそっと微笑む。


目に宿るのは、信頼。

そして、これからに向けての静かな希望。


部屋の外、夜風が窓を揺らす。

星々の輝きが、三人の沈黙をそっと包んでいた。







同じ頃。


魔法学園の最上階、学園長室。

蝋燭の灯がわずかに揺らぎ、

机の上に開かれた書が一枚、風もないのにふわりとめくれた。


その静寂に、ふいにひびが入った。

室内の結界の一角が、わずかに震える。

目に見えない魔法の封印が、まるで来訪者の気配に呼応するかのように、脈打つような微光を発した。


机に向かっていたゼルファードは、微かに目を細めた。

気配は声を持たないまま、室内の空気に小さな波紋を描く。


彼は立ち上がらず、右手を軽く振った。

空中に描いた魔紋が、音もなく展開する。

封印に一筋の狭間が生まれ、その中から、黒衣の青年が現れた。


──ラーデン・ノアクレスト。


影のように静かに、音もなく室内に現れた彼を見て、ゼルファードはふっと口元を緩める。


「……相変わらずだな、ラーデン」


それは、短い言葉に込められた、懐かしさと喜びだった。


「……ゼルファード先生」


ラーデンが頭を下げる。


「ーーきっと来ると思っていたよ。

……座れ。冷える夜だ」


ラーデンは黙って座る。


ゼルファードは、机の上の銀の杯に、酒を注ぐ。

淡い金色の液体が杯の内側を静かに濡らす音が、部屋の空気をほんの少しだけ柔らかくした。


「これは?」


「《星苞の実》から作った熟成酒だ。

この学園の地下庭で採れる、数十年に一度しか実を結ばぬ果実から仕込んだものだ。

今宵は……これに相応しい夜だと思ってね」


杯が満たされ、ふたつのグラスが小さく音を鳴らす。


ラーデンは静かに杯を受け取る。

香りを確かめ、そっと口をつける。


柔らかい苦味と、花のような香り。

それはまるで、この学び舎で過ごした、静かな年月の記憶を伝えてくるようだった。


しばらくは何も言わず、二人は杯を傾ける。


「……君が初めてこの学園に来た日のことを思い出すな」


ゼルファードはかすかに笑うと、ゆっくりと語り始めた。


「確か、あの日も今日と同じように、月が高く昇っていた。

君は十二になるかならないか。

誰よりも早く魔法陣を読み解いて……。

まるで、自分の行く先を全部知っているような目をしていた」


ラーデンは静かに笑う。


「そんな風に見えていましたか?」


「見えたよ。

だが……その裏にある迷いと悲しみにも、私はすぐに気がついた。

それでも君は、それすら凌駕する、強い純粋さを持っていた。

それは今も変わらない。

そして、それを貫き通してここに来た。

それだけで……もう十分だ」


ゼルファードは杯をゆっくり傾けると、さらに言葉を継いだ。


「覚えているか?

十四の頃、お前はひとりで図書室の禁断結界を解除し、

禁書の”魔導理論”を盗み読もうとしたことがあったのを」


ラーデンは小さく息を吐いた。


「はい……あの時、”逃げなかった”私を、叱らずに、机の前に座らせてくださった」


「それで、お前は眠るまで理論を語り続けたな。

自分の魔法は“感じるより先に、構造が浮かぶ”と」


「……あの夜が、私にとって、“魔法”と“学び”が重なる、初めての瞬間でした」


ゼルファードは、杯を傾けながら、窓の外を見た。

沈黙が、ふたたび部屋を包む。

蝋燭の炎が、僅かにゆらぐ。


ゼルファードは静かに立ち上がり、書架の一冊を手に取る。

書棚から、古びた一冊の魔導書を取り出す。


「これは、お前が初めて“心で読んだ”と語った本だ。

……あの日のまま、置いていた」


ラーデンが目を見開いた。思わず立ち上がり、本を受け取る。

革表紙の角はすり減り、ページには何度も読み込まれた跡が残っていた。


「……私に……?」


「──初心を思い出せ、とは言わん。

だが、お前の“はじまり”は、ここにある。

……私はな、お前が何を選ぼうと、どこに向かおうと、最後まで見届けるつもりでいる」


ゼルファードはラーデンを見つめ、静かに言葉を紡ぐ。


「礼には及ばぬ。

だが──返すのなら、未来で返せ。

自分の信じたものを、最後まで守ってみせろ」


しばし本を見つめたのち、ラーデンは顔を上げると、深く頭を下げた。


「……必ず、そうします」


その言葉には、嘘はなかった。

ゼルファードもまた、微かに頷いた。


「──夜はまだ深まる。

けれど、夜明けは必ず来る。

……それを信じて、歩いていきなさい。ラーデン」


夜の静けさに、

またひとつ灯が灯ったようだった。


杯は空になっていた。

言葉も尽きた。

それでも、室内には確かな”約束”があった。


師と弟子。

それは過去の関係ではなく、今もなお続く、絆のかたち。


夜風が塔の外壁を撫でる頃、ラーデンは静かに立ち去っていく。

封印の狭間が、音もなく閉じた。


ゼルファードはしばらく椅子に座り、空の杯を見つめていた。


星々が静かに輝いていた。

それだけで、十分だった。

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