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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
ルヴィアンの目覚め

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帰還

星脈の光に包まれた扉が、静かに揺らめきながら収束してゆく。

イリスを先頭に、四人の若者たちが静かに姿を現した。


「……戻ったか」


その一言に込められたのは、静かな祈りのようなものだった。

彼らを迎えたのは、老練の魔法使いにして賢者。

魔法学園の学園長、ゼルファード。


「……イリス」


彼はまじまじと、イリスの瞳を見つめる。


その瞳は、もう以前のものではなかった。

金の瞳。そして虹色の虹彩。

星の記憶を宿した証が、その眼差しに宿っていた。

どこか遠くを見つめるような、けれど確かな意志を宿す目。


ゼルファードは、そっと彼女の肩に手を置いた。

深く、重く、何かを噛みしめるように──。


「……よくぞ……この運命を、受け入れたな」


その声には、幾重もの想いが込められていた。

その言葉は、称賛でも労いでもなく、ただ一人の師としての、魂の言葉だった。


「はい……先生」


イリスは静かに頷き、ゼルファードを見上げて微笑む。


「……無事で何よりだ。君たちは、星の導きを超えてきた」


ゼルファードの眼差しが、彼ら全員に向けられる。


「……今夜は、星の加護が穏やかに降っている。まずは休むといい。

部屋は各自に用意してある。明日からのことは、それからだ。

今夜は……少しだけ、この静けさに身を預けるといいだろう」


ラーデンが一礼し、セフィルとルヴィアンは、少し安堵した表情を見せた。


だがイリスは、一歩出て言う。


「……先生。

私は、自分の寮の部屋へ……戻ります」


ゼルファードは頷いた。







星脈の扉をくぐり、世界へ戻ってきたその足で、イリスはひとり、学園寮へ向かっていた。


他の仲間たちは、それぞれ客間へと案内されたが、

彼女だけは「寮の自室に戻る」と言い残し、夜の渡り廊下を静かに歩いていた。


ひと気のない学園棟は、深夜の帳に包まれていて、

かつての騒がしさが嘘のように静まり返っている。


南棟、三階の一角。


小さな部屋の前で足を止めたイリスは、扉にそっと手をかけた。

木製の取っ手は、あの頃と変わらぬ感触だった。


カチリ。

軽い音を立てて、扉が開く。


そこには──以前と何も変わらぬ、自分だけの空間があった。


窓辺に置かれた鉢植えのハーブ。

机の上に積まれた本の山と、羽根ペンの入った瓶。

壁際の小さな鏡台と、読みかけの詩集。


淡い青のカーテンが、夜風にかすかに揺れている。


灯りもつけぬまま、イリスはそのまま部屋の中央に立ち尽くした。

何も言わなければ、まるで昨日までここで暮らしていたかのような気さえする。


でも、もうすべてが違う。


この部屋も、学園も、そして──自分自身も。


イリスは、そっと唇を開いた。


「……ただいま」


誰もいない部屋に、小さな声が落ちる。

でもその言葉は、不思議と空虚ではなかった。


木々や壁や布までもが、その声を記憶しているかのように、やさしく響きを返してくれる。


イリスは鞄を机に置くと、

椅子を引いて静かに座った。


窓の外には、夜の星が瞬いている。

遠い、けれど確かに繋がる光。


彼女は、そっと目を閉じた。


──思い出す。


ここで書いた手紙。

課題や試験を頑張った日々。

「先輩!」と呼ばれて、なんだか照れくさく……嬉しかった日。


――そして。


セフィルと初めて出会った日。

星の記憶を夢に見て、ひとり泣いた朝。


そのすべてが、いま胸の奥で静かに光っていた。


それは、もう戻らない日々。

でも、消えることのない日々。


だからこそ──


やがて、イリスは椅子から立ち上がる。

カーテンを閉め、机の本にそっと触れ、扉の前に立つ。


ドアノブに手をかける前に、一度だけ振り返った。


ここにいた少女に、何かを伝えるように。

あるいは、これから歩き出す自分自身に誓うように。


──そして、言った。


「……行ってきます」


その言葉は、静かに、けれど確かに部屋に刻まれた。

扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。


部屋はまた、静寂に包まれる。

けれど、どこか、少しだけ……あたたかかった。

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