星環の目覚め
その神域に足を踏み入れた瞬間――イリスは、肌に触れる空気の質すら変わったように感じた。
前に来たときとは、明らかに何かが違っていた。
空間全体が、静かに――だが確かに、“呼吸”しているようだった。
まるでこの地そのものが目覚め、彼女たちの到来を待っていたかのように。
天井には幾千もの光の粒が浮かび、息を呑むほどに神秘的な輝きを放っていた。
泉の中央、透明な水面の上には、微かな魔力の脈動と共に星の陣が浮かんでいた。
それは星のようでもあり、文字のようでもあり、意味を持つ紋様のようでもあった。
それは、古の誓いを記録する星の契約陣、”星環紋”。
「……これは……?」
イリスの声に、隣のセフィルが呟く。
「……以前はなかった。泉の水面は、もっと静かだったはずだ」
「……うん。まるで……星の光そのものが、この場所を照らしているみたい……」
その少し後ろを歩いていたルヴィアンは、無言のままその光景を見つめていた。
初めて訪れたはずの場所。
だが、胸の奥がざわめく。
──ずっと昔から呼ばれていたような。
過去の記憶が水底に沈んでいるようで、言葉にはならなかった。
彼らを見守るよう、さらに後ろを歩くラーデンは、
前を行く三人の背中を、静かに見つめていた。
この場に導かれたように歩む彼らの姿に、どこか運命の回帰を感じながら──
やがて、四人は泉に辿り着く。
イリスが一歩、前へと進み出る。
そして、何かに導かれるように、泉の縁へと歩み寄った。
胸の前で静かに手を組み、心の中で呼びかける。
(……ニーナ……聞こえていますか……。
私たちは、ここにいます……)
すると──
「――!」
彼女の右手の紋章が、金の光を帯びて輝き始めた。
ゆっくりと。
だが確実にその輝きは増し、
内から何かが溢れ出すように、明るさを増していく。
周囲の結界が、わずかに揺れた。
その光に呼応するかのように、泉に浮かぶ星環紋が一斉に光を帯びる。
まるで、それを待っていたかのように。
イリスはそのまま、ゆっくりと両手を掲げた。
彼女の手のひらから光がほとばしる。
直後、光はイリスの腕を伝い、肩から首筋、そして額へと昇っていった。
右手にあった紋章は、その輝きを持ったまま消え、代わりに――
イリスの額に、花のような星の紋章が現れた。
それは――星の巫女……癒し手の王として覚醒した証。
次の瞬間──
イリスの瞳が、金色に染まった。
彼女の身体から、金色の光柱が立ち上り、星環紋の中心へと流れ込む。
同時に。
「……!!」
セフィルの胸元の紋章が強く輝き、身体から銀の光柱が立ち昇る。
それは、彼の中にある「癒し」と「誓い」が、形となって溢れ出したかのようだった。
その光は真っ直ぐ天へと昇りながら、イリスの放つ金の光に、寄り添うように交わる。
ルヴィアンの紋章もまた、静かに光を放った。
彼の身体を包むように、蒼の光柱が立ち昇る。
それは静かで、深い色。
闇を抱き、苦悩を背負いながら、それでもなお光を見つめようとする者の意志。
その光は深く、静かに──
だが確かに、イリスの光を包み込むように星環紋へと降り注いでいった。
二つの光が、イリスの光と重なり、星環紋が脈打ち始める。
そして。
その全てを、一歩下がった位置で見守っていたラーデンの胸――
彼の紋章が、淡く──やがて鮮やかな、深紅に染まった。
静かに、しかし確かな意志。
誰よりも優しく揺らぎやすい心を持ちながら、それでも貫こうとする強さ。
そしてそれは、彼の内にある「揺るがぬ意志」を象徴するように、
ゆっくりと彼の全身を貫く紅の光柱となって天へ昇る。
紅の光は、三つの光柱の外周をなぞるように流れ、星環紋の外縁に絡む。
繊細にして力強く、三人の誓いを包み込むように絡まり、守るように走る光の軌跡。
まるで星の蔦が編まれていくかのように、赤い光は紋様を描き、円環を結び──
その瞬間、星の環が完成した。
泉の中心に生まれたその光の輪は、四人の魂を繋ぐ証。
過去と未来を結ぶ、運命の環だった。
世界を繋ぎ、光と闇の境界を超える者たちの、魂の結び。
沈黙が降りる。
星の泉が、すべてを見届けたかのように静かに波打った。




