繋がる想い、動き出す世界
深い闇を退けた後の静けさは、どこか神聖なものだった。
塔の最深部――封印の間には、柔らかな星の光が差し込んでいる。
その中心で、ルヴィアンが静かに立ち上がった。
白銀の髪が光に透け、長い眠りと戦いの余韻を受け止めるように、
胸の前でそっと手を重ねる。
ふと、彼は顔を上げた。
ゆっくりと振り返る――視線の先には、ラーデンが静かに佇んでいた。
「……あなたの声が、聞こえていました」
ルヴィアンは静かに、だが確かな思いを込めて言った。
「深い闇の中にいても、ずっと。
遠くで、優しく響くような声でした」
ラーデンは少し驚いたように目を見開いたが、やがて微笑んだ。
「そうか……俺も会えて嬉しいよ」
彼はゆっくりと歩み寄り、ルヴィアンに手を差し出す。
「俺は、ラーデン・ノアクレスト。
過去と現在、そして光と影を繋ぐ者として――ここに在る」
ルヴィアンの瞳が、静かに揺れた。
「ラーデン……さん。
ありがとう……ございます。あなたがいてくれたから、僕は……」
その声音に、かすかな迷いと敬意が滲む。
ラーデンはふっと微笑し、軽く首を振った。
「“ラーデン”でいい。俺たちはもう、名で繋がれる関係だ」
ルヴィアンも微笑み返した。
「ありがとう、ラーデン」
その瞬間、ふたりの胸元の星の紋が、再び淡く光を放った。
それは言葉ではない――魂と魂の響き合い。
ラーデンにとって、それは何よりも確かな信頼の証だった。
*
そして、塔の外。
星の誓いが発動されたその瞬間から、世界は静かに――だが確実に動き出していた。
北の山岳地帯では、長く干ばつが続いていた土地に、突然澄んだ雨が降り注ぎ、
魔力の枯渇に悩んでいた精霊の森では、封印された泉が再び輝き始めた。
星の巡りが乱れ、病に伏せる者の多かった地方では、癒しの力に似た風が吹き渡り、
いくつもの国や村で、「星が近づいている」という報告が飛び交った。
世界のどこかで止まっていた“流れ”が、再び巡り出す。
それは小さな変化だったかもしれない――
だが、確かに希望の灯火となる変化だった。
*
魔法学園、上階にて。
ゼルファードは静かに、すべての現象を受け止めていた。
星の力の波動が塔全体に走った時、彼は即座に結界の動作を確認し、
星脈に異常がないことを見届けた。
そのうえで、塔の深部から帰還した四人を、
学園の中枢――学園長室へと迎え入れた。
扉が静かに開く。
一人ずつ現れたその顔ぶれに、ゼルファードは微笑みと、安堵を浮かべた。
「……良く戻った」
彼の声は、まるで父が我が子に告げるように、深く温かかった。
「おかげで、星紋の塔は救われた。そして――世界もまた」
イリスが軽く礼をし、セフィルもまた静かに頷く。
ルヴィアンはまだ少し所在なげに後ろにいたが、それでも一歩、前へ出た。
ゼルファードは一歩、彼に近づき、静かに片膝をつくと頭を垂れた。
「ようこそ、星が選んだもうひとりの鍵守殿。
君の目覚めは、私たちの希望そのものだ」
ルヴィアンは少し戸惑いながらも、素直に一礼した。
「……ルヴィアン……です。
僕のことをご存知だったんですか?」
「ルヴィアン殿。
厳密には、あなたの存在を“感じて”いた。
星紋の塔に、かすかな、だが確かな命の光が眠っていると――ずっと」
その答えに、ルヴィアンは胸の奥が熱くなるのを感じた。
誰かが、見つけてくれていた。
自分という存在を、ただの闇ではなく、“光と共鳴できる存在”として。
「……ただの目覚めではなかったのですね。
“星の誓い”……あれが、僕たちに託された“役割”なんですね」
ルヴィアンの言葉に、ゼルファードは頷くと立ち上がった。
「……その通りだ。
星の巫女と二人の鍵守が交わす“正しき”誓い。
それがこの世界を癒し、星の流れを繋ぎ、
闇に対抗する“光の根”となる」
そして、ラーデンの方へと視線を移すと、ふっと笑みを浮かべた。
「……やはり、お前だったのだな。”第三の魂”とは」
その声には、長年に渡り、師として見守ってきた者の確信と、深い感慨が込められていた。
「そして、その誓いのもとに立ち会い、再び星の共鳴を響かせた。
よくぞ……この瞬間まで、道を外さずに来てくれた」
ラーデンは何も言わずにゼルファードの瞳を見つめ返し――
やがて深く、頭を下げた。
「あなたに……導かれました、師よ」
「うむ」
ゼルファードは微笑みを返す。
「だが、お前が選んだ道は、お前だけの決断だ。
……誇れ、ラーデン」
「……ありがとう、ございます」
ゼルファードは静かに頷くと顎を引き、
今度はゆっくり一人ずつ見回しながら、言葉をつなぐ。
「星の誓いは確かに発動した。
だが――それはまだ“不完全”だ」
全員の視線が一斉に注がれた。
「不完全、というのは?」
とセフィル。
「誓いは交わされた。だが、“力”として世界に定着するには、
君たちが”真にひとつの環”になる必要がある」
「環……?」
イリスが呟く。
「そう。三位一体の力、そしてそれを取り囲む“環”としての結びつき。
世界に星の力が定着することで、
はじめて“星の誓い”は完成し、次なる道が開かれる。
――そのためには、君たちを星脈の源泉へ導かねばならない」
ゼルファードは窓辺に立つと外を見た。
その視線の先にある、星紋の塔。
「イリス、君は知っているね。
星紋の塔の地下深く、《星脈の扉》があったのを。
扉の向こうの星脈の泉――君と、セフィル殿の力が覚醒したあの地。
星の環の眠る地だ。
古の時代、星の巫女が、その誓いを星に結んだ“最初の地”。
そこに、今一度、君たち自身の魂を重ね、完全なる環を刻む必要がある」
ゼルファードは振り返り、声を低くすると続けた。
「ディアストレ……。
エスラ公爵は、確実に動いている。
星の誓いの発動は、奴にとっても計算外だったはずだ。
絶対に焦る。だからこそ、次は“直接”来るだろう」
その言葉に、部屋の空気が引き締まった。
「……備えねばならないな」
セフィルが言った。
「そうだな。そして次は……こちらから先手を打つことも、考える必要がある」
ラーデンが続く。
ゼルファードは頷いて続ける。
「……時間がない。
一刻も早く、奴の企みを阻止せねばならん」
*
《星脈の扉》がゆっくりと開かれる。
奥からは、淡い光が漏れ出ていた。
地下深くから、ゆるやかに立ち昇る霊気――それは懐かしい“星脈の泉”の気配だった。
「イリス」
ゼルファードが呼び止める。
「その泉が、君たちを次の段階へと導くだろう。
君たちは、星に選ばれ、互いに繋がるべき魂だ。
ならば、真に“ひとつ”にならねばならぬ」
「……はい……ゼルファード先生。
……行ってきます」
イリスが静かに言った。
その瞳には、未来を見つめる静かな炎が宿っていた。
彼らの姿が扉の内側へと消え――
そして扉が静かに締まる。
――星の光が、確かに巡り出した今。
この世界は、ようやく“本当の夜明け”を迎えようとしていた。




