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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
ルヴィアンの目覚め

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繋がる想い、動き出す世界

深い闇を退けた後の静けさは、どこか神聖なものだった。

塔の最深部――封印の間には、柔らかな星の光が差し込んでいる。


その中心で、ルヴィアンが静かに立ち上がった。


白銀の髪が光に透け、長い眠りと戦いの余韻を受け止めるように、

胸の前でそっと手を重ねる。


ふと、彼は顔を上げた。

ゆっくりと振り返る――視線の先には、ラーデンが静かに佇んでいた。


「……あなたの声が、聞こえていました」


ルヴィアンは静かに、だが確かな思いを込めて言った。


「深い闇の中にいても、ずっと。

遠くで、優しく響くような声でした」


ラーデンは少し驚いたように目を見開いたが、やがて微笑んだ。


「そうか……俺も会えて嬉しいよ」


彼はゆっくりと歩み寄り、ルヴィアンに手を差し出す。


「俺は、ラーデン・ノアクレスト。

過去と現在、そして光と影を繋ぐ者として――ここに在る」


ルヴィアンの瞳が、静かに揺れた。


「ラーデン……さん。

ありがとう……ございます。あなたがいてくれたから、僕は……」


その声音に、かすかな迷いと敬意が滲む。


ラーデンはふっと微笑し、軽く首を振った。


「“ラーデン”でいい。俺たちはもう、名で繋がれる関係だ」


ルヴィアンも微笑み返した。


「ありがとう、ラーデン」


その瞬間、ふたりの胸元の星の紋が、再び淡く光を放った。


それは言葉ではない――魂と魂の響き合い。

ラーデンにとって、それは何よりも確かな信頼の証だった。





そして、塔の外。

星の誓いが発動されたその瞬間から、世界は静かに――だが確実に動き出していた。


北の山岳地帯では、長く干ばつが続いていた土地に、突然澄んだ雨が降り注ぎ、

魔力の枯渇に悩んでいた精霊の森では、封印された泉が再び輝き始めた。


星の巡りが乱れ、病に伏せる者の多かった地方では、癒しの力に似た風が吹き渡り、

いくつもの国や村で、「星が近づいている」という報告が飛び交った。


世界のどこかで止まっていた“流れ”が、再び巡り出す。


それは小さな変化だったかもしれない――

だが、確かに希望の灯火となる変化だった。







魔法学園、上階にて。

ゼルファードは静かに、すべての現象を受け止めていた。


星の力の波動が塔全体に走った時、彼は即座に結界の動作を確認し、

星脈に異常がないことを見届けた。


そのうえで、塔の深部から帰還した四人を、

学園の中枢――学園長室へと迎え入れた。


扉が静かに開く。

一人ずつ現れたその顔ぶれに、ゼルファードは微笑みと、安堵を浮かべた。


「……良く戻った」


彼の声は、まるで父が我が子に告げるように、深く温かかった。


「おかげで、星紋の塔は救われた。そして――世界もまた」


イリスが軽く礼をし、セフィルもまた静かに頷く。

ルヴィアンはまだ少し所在なげに後ろにいたが、それでも一歩、前へ出た。


ゼルファードは一歩、彼に近づき、静かに片膝をつくと頭を垂れた。


「ようこそ、星が選んだもうひとりの鍵守殿。

君の目覚めは、私たちの希望そのものだ」


ルヴィアンは少し戸惑いながらも、素直に一礼した。


「……ルヴィアン……です。

僕のことをご存知だったんですか?」


「ルヴィアン殿。

厳密には、あなたの存在を“感じて”いた。

星紋の塔に、かすかな、だが確かな命の光が眠っていると――ずっと」


その答えに、ルヴィアンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

誰かが、見つけてくれていた。


自分という存在を、ただの闇ではなく、“光と共鳴できる存在”として。


「……ただの目覚めではなかったのですね。

“星の誓い”……あれが、僕たちに託された“役割”なんですね」


ルヴィアンの言葉に、ゼルファードは頷くと立ち上がった。


「……その通りだ。

星の巫女と二人の鍵守が交わす“正しき”誓い。

それがこの世界を癒し、星の流れを繋ぎ、

闇に対抗する“光の根”となる」


そして、ラーデンの方へと視線を移すと、ふっと笑みを浮かべた。


「……やはり、お前だったのだな。”第三の魂”とは」


その声には、長年に渡り、師として見守ってきた者の確信と、深い感慨が込められていた。


「そして、その誓いのもとに立ち会い、再び星の共鳴を響かせた。

よくぞ……この瞬間まで、道を外さずに来てくれた」


ラーデンは何も言わずにゼルファードの瞳を見つめ返し――

やがて深く、頭を下げた。


「あなたに……導かれました、師よ」


「うむ」


ゼルファードは微笑みを返す。


「だが、お前が選んだ道は、お前だけの決断だ。

……誇れ、ラーデン」


「……ありがとう、ございます」


ゼルファードは静かに頷くと顎を引き、

今度はゆっくり一人ずつ見回しながら、言葉をつなぐ。


「星の誓いは確かに発動した。

だが――それはまだ“不完全”だ」


全員の視線が一斉に注がれた。


「不完全、というのは?」


とセフィル。


「誓いは交わされた。だが、“力”として世界に定着するには、

君たちが”真にひとつの()”になる必要がある」


「環……?」


イリスが呟く。


「そう。三位一体の力、そしてそれを取り囲む“()”としての結びつき。

世界に星の力が定着することで、

はじめて“星の誓い”は完成し、次なる道が開かれる。

――そのためには、君たちを星脈の源泉へ導かねばならない」


ゼルファードは窓辺に立つと外を見た。

その視線の先にある、星紋の塔。


「イリス、君は知っているね。

星紋の塔の地下深く、《星脈の扉》があったのを。

扉の向こうの星脈の泉――君と、セフィル殿の力が覚醒したあの地。

星の環(セレス・サーラ)の眠る地だ。

古の時代、星の巫女が、その誓いを星に結んだ“最初の地”。

そこに、今一度、君たち自身の魂を重ね、完全なる環を刻む必要がある」


ゼルファードは振り返り、声を低くすると続けた。


「ディアストレ……。

エスラ公爵は、確実に動いている。

星の誓いの発動は、奴にとっても計算外だったはずだ。

絶対に焦る。だからこそ、次は“直接”来るだろう」


その言葉に、部屋の空気が引き締まった。


「……備えねばならないな」


セフィルが言った。


「そうだな。そして次は……こちらから先手を打つことも、考える必要がある」


ラーデンが続く。


ゼルファードは頷いて続ける。


「……時間がない。

一刻も早く、奴の企みを阻止せねばならん」





《星脈の扉》がゆっくりと開かれる。

奥からは、淡い光が漏れ出ていた。


地下深くから、ゆるやかに立ち昇る霊気――それは懐かしい“星脈の泉”の気配だった。


「イリス」


ゼルファードが呼び止める。


「その泉が、君たちを次の段階へと導くだろう。

君たちは、星に選ばれ、互いに繋がるべき魂だ。

ならば、真に“ひとつ”にならねばならぬ」


「……はい……ゼルファード先生。

……行ってきます」


イリスが静かに言った。

その瞳には、未来を見つめる静かな炎が宿っていた。


彼らの姿が扉の内側へと消え――

そして扉が静かに締まる。


――星の光が、確かに巡り出した今。

この世界は、ようやく“本当の夜明け”を迎えようとしていた。

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