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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
ルヴィアンの目覚め

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共鳴する魂

石扉の奥、光を拒むように重く沈む空間――

そこに息づくものは、もはや「静寂」ではなかった。


呻くように、擦れるように、闇が息をしていた。

空間そのものが生きているかのように、ゆっくりと、確実に、侵入者の命を喰らおうと牙を剥いている。


光の届かぬ空間。

空気はまるで液体のように粘つき、動くたびに、思念の波が皮膚を焼くようにまとわりついてくる。


――そこは、闇そのものだった。


イリスがその中へと一歩踏み込んだ瞬間――

星の紋章が、微かに熱を帯びて脈打った。


それは封印の中心にある魂――

かつての仲間、ルヴィアンの存在が、必死に抗っている証のように。


「……まだ、彼は……」


イリスの唇から、か細い声が漏れる。

その足元で、石床に刻まれた星紋がゆっくりと輝きを放った。


ラーデンとセフィルが剣を抜く。


「行くぞ」


ラーデンが短く告げ、彼女の前に立つ。

セフィルは頷き、無言で傍らに立つ。


闇の渦をかき分け、封印の核――“魂の繭”へと近づく。



中央に浮かぶ、漆黒の繭。

その内部には、銀の髪が揺れていた。


穏やかに目を閉じ、眠る男――ルヴィアン。


けれど、その身体を絡め取るように伸びた黒い鎖と、

背後で蠢く深い影が、彼の魂を今もなお囚えていた。


胸に輝いていたはずの星の紋章は、仄かに赤黒く濁っている。


だが、その顔に浮かぶのは、苦痛ではなかった。

――哀しみと、諦め。そして……微かな希望。


「……ルヴィアン……っ!」


イリスは震える手を伸ばしたそのとき――イリスの星の紋章が、淡く光を放った。

それは、彼女の“祈り”に応じるような反応だった。


その瞬間、空気がふるえた。


星の巫女の力が、封印に微かに触れ、緩やかにその結界の内側へと伸びていく。


だが、直後――

ルヴィアンの顔がわずかに歪んだ。

繭の中で、彼の眉が寄り、かすかに唇が動く。


『来ちゃだめだ……イリス……近づけば……闇が……』


低く、痛切な“声なき声”が、空間全体に響いた。


それは、闇に呑まれながらも、まだ人としての意志を保とうとするルヴィアンのもの。


「あなたを、迎えに来たのよ……!

あの時の約束を、私は――忘れてないわ!」


イリスの叫びに応えるように、星の紋章が一層強く光を放った。

繭の外周に波紋のような光が走る。


しかし、次の瞬間。

――封印が反応した。


瞬間、闇の反撃が襲った。

空間全体が震え、黒い触手のような闇の枝が、

天井から、壁から、無数に伸びてくる。


「下がれ、イリス!」


ラーデンが素早く手を伸ばし、彼女を制した。


「この結界、魂に直接干渉してくる。

不用意に踏み込めば、お前まで呑まれるぞ」


まるで反射的に、封印が“自己防衛”を始めたかのように、

黒い触手が無数に降り注ぎ、彼らに向かって襲い掛かる。


「イリス!」


セフィルが身を挺して前へ飛び出す。

右手を掲げると、青白い光の盾が現れ、闇の触手を弾いた。

だが、闇の力はそれを容易く押し返し、じわじわと彼女たちに迫ってきた。


「……このままじゃ、あいつの元へ辿り着けない……!」


セフィルの声には焦燥が滲んでいた。


「でも……どうすれば……!」


イリスが苦しげに顔を伏せたその時――

ラーデンが、静かに前に出た。


「やはり……お前の力だけでは届かない。足りないんだ」


彼はそう呟くと、胸元に手を当て、衣を押し広げる。


露わになった彼の胸に、深く鮮やかな星の紋章が浮かび上がる。

イリスのそれよりも深く、より鋭い光を放つそれは、

幾重にも磨かれた刃のような輝きを放ち、空間の闇すら退けるかのように脈動していた。


「それは……」


イリスが呆然と見つめる中で、ラーデンの声が低く重なる。


「――共鳴してるんだ。俺の魂が、あの男と」


ラーデンの視線の先。

封印の繭の中に眠るルヴィアンが、微かに呼吸を乱していた。


「今ならわかる……俺は、光と闇の狭間を渡る者――。

俺なら……彼の内側に、踏み込めるかもしれない」


ラーデンの手が、静かに前へ伸びる。

その指先から、繭の中心へ向かって、淡い星の光が流れ出していく。


それは魂から魂へと触れようとするような、

光による対話だった。


「……ルヴィアン。

俺は、お前を知らない。

だが……お前の声は、ずっと聞こえていた」


ラーデンの言葉は、優しく、それでいて、温かかった。


「お前の叫び、痛み、……誰にも届かない場所で孤独に抗っていた声。

それが、俺の中にずっと響いていた。

たぶん、俺のこの“共鳴体質”は、今この時のために在ったんだ」


彼の言葉が終わるのと同時に――

繭の中で、ルヴィアンの眉がひくりと動いた。


「まさか――」


イリスが息を呑んだ瞬間、ラーデンの紋章がひときわ強く輝いた。


ラーデンが、紅蓮の剣を一閃する。


その光は、繭の周囲に広がる闇の障壁に風穴を穿ち、魂の深層へと通じる道をひらいた。



すると――



繭の中で、彼の星の紋章が、一瞬だけ光を返す。



「――今だ!!」



セフィルが叫び、結界の内側へと一気に駆け込んだ。


ラーデンとイリスが光の道を保つ中、彼は迷いなく繭の中心へと手を伸ばす。

黒い鎖が彼の腕に絡みつくも、構わず突き進む。


咆哮のような振動が空間を揺らす。

闇の叫び、封印の悲鳴。


それでも、セフィルは迷いなく、両手を伸ばし――



「ルヴィアン!! 戻ってこい!!」

 



――その身体を、引き寄せた。




「戻ってこい……お前は、“俺たちの仲間”だろう!!」



その瞬間、繭の闇が弾けるように崩れた。

一筋の光が、封印の核からほとばしる。


そして、ルヴィアンの身体が、セフィルの腕の中へと崩れ落ちた。


「……セフィル……」


セフィルはその身体をしっかりと抱きとめた。


「――おかえり、ルヴィアン」

 

彼の胸に残っていた星の紋章が、三つの紋章の光に共鳴し、ふたたび静かに脈動を始める。



「――間に、合った……」


イリスが、震える声で呟いた。


ラーデンは目を閉じたまま、深く息を吐く。


「……彼は、戻ってきた。光の側に」



――封印の間に響いた、静かな脈動。

それは、本当の“誓い”が繋がれた証だった。


だが、安堵も束の間。


塔全体が低く呻き始める。

今度は“別の存在”が、奥から目を覚まそうとしていた。


「……終わってない。これはまだ、序章だ」


ラーデンが呟く。


――次なる決戦が、始まろうとしていた。

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