星紋の塔に還れ――
「間に合わない……っ!」
レオノールの執務室から戻った直後、王の寝所に残された余韻がまだ残る中――
セフィルが切迫した声でそう呟いた。
イリスの星の紋章は、なおも微かに熱を持ち、痛みを放っていた。
それは、今この瞬間も、何かが星紋の塔で起きている証――
ルヴィアンの封印に、闇の手が伸びている。
遅れれば、彼の魂は完全に飲まれてしまう。
「間違いない……この魔力の揺らぎ、塔の深層からだ。
何か――封印の底にある“闇”が、動き出している……!」
セフィルの声は低く震えていた。
普段は冷静な彼が、これほど焦りを見せるのは極めて稀だ。
「魔道飛行船じゃ、間に合わない。
王都から星紋の塔までは、通常でも二日はかかる。
緊急転移陣は……公爵派に封じられている。
通常の転移も塔の結界に阻まれる。
……戻る方法がない……くそっ……!」
ラーデンが壁を叩き、焦燥が場を満たす。
「そんな……!」
イリスが唇を噛み締める。
沈黙――
そのときだった。
「……待って」
静かだが、芯のある声が通った。
イリスが懐から、白銀の装飾が施された星の杖を取り出し、
意を決したように呟いた。
「……もしかしたら、ニーナの杖……!」
その名を呼んだ瞬間、杖が柔らかな星光を放ち始めた。
それはまるで、“待っていた”かのような応答。
イリスは震える指で杖を握りしめた。
「ニーナが……教えてくれた。
この杖は……“星の道標”だって。
癒し手の王としての記憶と、鍵守との誓いを辿る……道を繋ぐ“杖”」
彼女の言葉に、セフィルが僅かに目を見開いた。
「なら……塔の封印と共鳴できる可能性がある。
鍵守だったルヴィアンと、ニーナ――いや、イリスの魂は……本来対だ。
それなら、封印の奥と繋がる“道”が……!」
イリスは頷き、杖を両手でしっかりと抱き締めた。
「……この杖には、“記憶の座標”が刻まれている。
かつてニーナが……塔に残した記憶。
それが道標になって……私たちを導いてくれる……!」
「なら、行けるんだな……!」
セフィルの声が、今度ははっきりとした決意に変わった。
ーーイリスは深く息を吸った。
「セフィル、ラーデン……お願い。一緒に来て。
私の中の“星”が、彼を呼んでる。
いま、急がなきゃ……!」
セフィルがそっと歩み寄り、イリスの肩に手を添える。
「……行こう。イリス、一人じゃない。
俺たちは、あの時からずっと一緒だ」
「……セフィル……」
ラーデンも一歩前に出た。
「俺たちにしか届かない“声”があるなら、今こそ応えるべきだ。
星紋の塔は、君たち――星の巫女と鍵守の“誓い”を待っている」
イリスは頷くと大きく息を吸い、瞳を閉じた。
そして、心から強く、願った。
(――私を、導いて。星紋の塔へ。
闇に呑まれかけている、あの魂を……救いたい――!)
その瞬間、杖が眩い光を放ち、三人の足元に星紋が浮かび上がった。
大理石の床が一瞬にして“夜空の鏡”となり、無数の星が螺旋を描いて彼らを包む。
次の瞬間、空間がひときわ強く揺らいだ。
「……ルヴィアン。待ってて」
イリスの祈りの声と共に、世界が星のきらめきに呑まれる。
――刹那。
三人の姿は、光の奔流の中へと消えた。
その行き先は――
星紋の塔。
封印の奥。
かつてニーナが“祈りと別れ”を刻んだ、すべての始まりと終わりの地。
――名を、ルヴィアンという魂のもとへ。




