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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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王の寝所、届かない光

王の寝所は、重苦しい静けさに包まれていた。

窓から差し込む光は鈍く、まるで異なる空間に閉じ込められているかのように、

虚ろな静寂に包まれていた。


それはこの場所に流れる空気そのものが、

”何か”に浸食されているかのように思えた。


その中央、幾重もの高位魔法障壁に守られた寝台に横たわるのは――国王、エリオン。


王として長らく国を支えてきた男の気配は、

今やまるで消え入る前の蝋燭の炎のようだった。


薄く閉じた瞼、動かぬ胸元、呼吸の浅さ。

その身には命の灯がかろうじて残っているものの――意識の気配は、どこにも感じられなかった。


「……父上……」


レオノールが、エリオンに話しかける。


「……父上、星の巫女イリス・ヴァレンティアが参りました」


国王は浅い呼吸のまま、返答はない。

レオノールがイリスに視線を向ける。


イリスは、エリオンの寝台近くへ進むと、膝をつき、礼を執った。


「……イリス・ヴァレンティアと申します……国王陛下」


イリスはレオノールを見上げて問う。


「……お手を取っても?」


「……もちろんだ」


「……失礼いたします……」


イリスは、静かに王の寝台へと歩み寄り、そっとその手を取った。


寝台に横たわる王の右手が、掛布の上に置かれていた。

その手は、かつて剣を握り、国の未来を切り拓いてきた強さを持つものだったはずだ。

だが今は、その指先はわずかに痩せ、体温を失ったかのように冷えきっていた。


血の気の失せた肌に、老いた血管が浮かんでいる。

けれど、不思議とその手は穏やかで、威厳と温もりの名残を残していた。


細い指で包み込むようにして握ると、冷えた手の奥に、かすかに残る生命の灯が感じられた。


「……星よ、この魂に、癒しの記憶を」


イリスの祈りと共に、右手の星紋が淡い光を発し、手のひらから淡い光が溢れる。

その光が、イリスの手から王の手へと流れ込み、静かに沁み込んでいく。


それはまるで、夜空を漂う星の粒が、ひとつずつ命を持って流れ込むかのようだった。


イリスの魔力が魂へと触れる。

その瞬間、彼女の中に、ぞわりと冷たい感覚が這い上がる。


(……これは……何?)


世界が暗転するような錯覚。

癒しの光が進もうとする先を、黒く粘ついた“膜”が覆っていた。


異様な澱み。


絡みつくような黒い糸が、まるで蜘蛛の巣のように、魂の深部にまで伸びている。

魂の中枢に触れようとすればするほど、その抵抗は強く、鋭く、拒絶する。


まるで檻に閉じ込められたかのような、一面の闇。

星の光すら届かぬ場所に、王の魂は囚われていた。


イリスは唇をかみしめ、祈りを込めて光を強めた。

額から汗がこぼれる。


「イリス……?大丈夫か!」


セフィルが小さく呼びかける。


「……大丈夫。けれど……強い……!」


セフィルとラーデンが、イリスに手を添えた。

ふたりの星紋が輝き、魔力がイリスに流れる。


その光が、空気に波紋のような振動を生む。


癒しの魔力は、柔らかな波のように王の体内を巡り、魂の深層へと静かに染み込んでいく。

セフィルの鍵が、封じられた意識の扉に触れ、ラーデンの魔力がその周囲を守り支える。


力がようやく王の魂の最深部――核に触れたその時だった。



――微かな音。



それは、誰も声に出していないはずなのに、耳の奥で確かに響いた。



(……私はまだ……終わらぬ……)



幻のような、かすれた言葉。

魂の底から届いたようなその囁きに、イリスははっと息を呑んだ。



次の瞬間だった。



彼女の指先に、微かな力が返ってくる。



「……っ!」



王の右手の、指先が――ほんの僅かに、震えた。


それは一瞬の、まるで羽が触れた程度の動き。

だが、確かに“生きた意志”がそこに在った。


「……父上……!」


背後で見守っていたレオノールが、小さく息を呑んだ。

彼の双眸に宿っていた不安な光が、一瞬にして揺らぐ。


「今、……動いた。確かに……父が、応えた……!」


彼は信じられないというように一歩前へ踏み出すと、王の顔を見つめ、

そして、イリスの祈る姿をまっすぐに見つめた。


その瞳に浮かぶのは、驚愕と――深い、感謝。


「……イリス・ヴァレンティア。君のおかげだ。

我が父は、生きている。

魂の光は……今も、灯っている」


イリスは顔を上げ、王の顔を見つめる。

その瞼は閉じたまま、唇も動かない。だが――


「……陛下……」


光が、魂の奥に届いた証――それは、まだ希望は失われていないという、確かな兆しだった。


「いま、王の魂が……呼び返そうとしていた」


ラーデンの低い声に、セフィルも静かに頷く。


「応じてくれたんだ。イリス……君の光に」


だが、それ以上の応答はなかった。

王の意識は、再び深い眠りの中へと戻っていった。


「……命の危機は脱した。けれど……」


イリスは、王の手からそっと手を離す。

その手の冷たさが、再び静かに戻ってきたことに、胸が締めつけられる。


彼女の目には、王の魂の中に、ぽっかりと空いたような”空白”が見えていた。

それは、まるで扉の鍵穴だけが残され、鍵そのものが失われているような感覚。


イリスはゆっくりと二人を見上げる。


「完全には戻せなかった……。

この闇に対抗するには……“対の力”がなければ、魂の完全な浄化はできない。

やはり……陰の鍵守がいないと、魂の扉は開ききらない」


「……ルヴィアンだ」


セフィルの瞳に、深い決意の光が宿る。


「闇の結界は想像以上に強い。

彼がいなければ、王の魂は解放されない。……星紋の塔へ戻ろう」



その瞬間だった。



イリスの右手に、灼けつくような痛みが走った。


「……っ、ああっ……!」


鋭い痛みが彼女の全身を走り、呻きとともに膝をつく。


それは、呼応するような激しい疼き。

彼女の“星紋”が脈打ち、みるみるうちに熱を帯びる。


「イリス!」


セフィルがすぐに支える。

ラーデンが魔力の反応を読み取る。


「これは――星紋の塔だ。魔力結界に……何かが、起きている」


イリスは震える息の中で、確信するように呟いた。


「……ルヴィアンが……危ない」


まるで、遠く離れた場所から、呼びかける声が届いたようだった。

助けを求める、弱々しくも確かな“共鳴”が、星の巫女の魂に響いていた。


イリスはセフィルに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。


その目には、かつてない強い光が宿っていた。


「……行きましょう。彼の元へ。

真なる封印を……完成させるために」


星が再び揃うとき、闇と光の運命が交錯する――


すべては、星紋の塔にて。

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