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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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44/82

――信頼

蒼い光が弾けるように、王子の執務室の一角に、三つの影が現れた。

星の紋を帯びた光輪が消えると同時に、室内の空気が張り詰める。

イリス、セフィル、ラーデンの三人の姿が、王子の執務室に浮かび上がった。


そこは、荘厳ながらも静謐な空気をまとった空間だった。

重厚な書棚と、大机。その奥に立つ影が、ひときわ鋭く動く。


窓際に立っていたレオノールが、すぐさま振り向き――

その鋭い灰銀の瞳が、転移者たちを捉える。


イリスとセフィルに目を留めたのは一瞬。

だが、その視線がラーデンに及んだ瞬間、部屋の空気が一変した。


「……ラーデン・ノアクレスト」


王子の低い声が空気を断ち切る。


「貴様……なぜ、ここにいる」


レオノールの声音は静かだった。

けれど、明確な怒りと不信、

そして、長年の警戒が混じっていた。


「ディアストレの忠犬としてこの数年、私の周囲を探ってきた貴様が――

星の巫女と共に、まさか、ここに現れるとはな……!」


レオノールの言葉に、イリスが一歩前に出ようとした。


「王子殿下、ラーデン、様は――」


「……イリス」


その言葉をラーデンは片手で制し、ゆっくりと一歩前に出て跪き、礼を執る。

その瞳に浮かぶのは、隠し立てのない誠実な光だった。


「……私は、公爵の手駒として王宮に出入りをし、

星の巫女と鍵守の動向を探る任を担っていました。

表向きは、ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵に忠誠を誓う者――その通りです」


レオノールがわずかに目を細める。

だが、ラーデンの声は揺るぎなかった。


「ですが、真意は違います。

星の巫女と鍵守を“守るため”に、公爵の元に身を置いたのです。

……エスラ公爵が、どれほど恐ろしい存在かを、私は間近で見てきました。

彼が何を望み、何を企てているか。

その野心がどれほど闇に染まり、王国を蝕もうとしているか。

私はそれを食い止めるため、その牙の内側に入る必要があったのです」


ラーデンは胸元に手をやった。

静かに外套の留め具を外し、襟を開く。


中にあったのは――


淡く、しかし確かに輝く“星の紋章”。


彼の肌に刻まれていたそれは、微かに脈動していた。


レオノールは目を見開く。


「それ……は……」


「……これは、星の巫女と共に星脈の封印に赴いたとき、

私の中に浮かび上がったものです。

ですが、今日の転移――王家の秘宝は、

この印を持つ私を拒まなかった」


ラーデンの声は、低く、誓いのように響いた。


「……それが意味することは、たったひとつ。

私は、この場に“選ばれて”来たのだと。

私はそれを誇りとし、ここに立っています」



――レオノールの瞳が、僅かに揺れる。


彼はラーデンの胸元の紋章を見つめ、

その意味を、沈思の中で確かめているようだった。


「そうか……それで……」


レオノールが呟く。


「戴冠の儀式の際、鍵守と共に、お前になぜ祝福の光が届いたのかと思ってはいたが――

あれは……そうか……そういうことだったのか」


ラーデンは驚く。


「殿下――!」


レオノールはかすかに笑うと言った。


「……安心しろ。見ていたのは私だけだ。

ディアストレも神官長も見えてはいないだろう。案ずるな」



沈黙――



「……私は、これまでずっとお前を“裏切者”だと信じていた」


レオノールは静かに口を開いた。


「父王が倒れ、次々と近臣が公爵派に染まる中、

お前のような才ある者が、何の躊躇いもなくディアストレの側についたと知った時……。

私は、心の奥で何かが崩れるのを感じた」


レオノールは長い沈黙の末、目を伏せ、ひとつ息をついた。


「……私の不明を詫びよう。

ディアストレの駒として振る舞ってきたその姿しか、私は見ていなかった。

……だが今、お前はここに立っている。

自らの立場も顧みず、危険を冒して」


そして、かすかに微笑む。


その言葉に、ラーデンは僅かに目を見開いた。

だがすぐに、少し俯きながら、静かに言う。


「……いえ、そう振る舞っていたのは、私の方です。

……私は、殿下を誤解していました。

共鳴体質のこの身をもってしても、あなたの心に触れることができなかった。

冷たい沈黙のような隔たり……。

まるで、底がないような静寂の中に、何も感じられなかった。

それが、どれほど異質で、不気味に映ったか……」


ラーデンはレオノールを見つめる。


「……ですが、今ならわかります。

あなたは、公爵の目と力から、自らを守るために、

心の奥に堅牢な壁を築き、深く、深く心を隠していたのだと。

それは、闇に満ちた公爵の眼があなたを見ている中で、

自らを護るために張り巡らせた――鎧だったのだと……」


ラーデンの喉が震えた。

彼は深く頭を下げ、そして言った。


「……私はその沈黙を、疑いで満たしてしまったのです。

そして今、そのことを悔いています。

申し訳ありません。私は、殿下を信じるべきでした」



沈黙が落ちた。



「……ありがとう、ラーデン」


レオノールは瞼を伏せ、短くそう告げた。

その一言に、わずかに張りつめていた空気がほどけた。

その声は、かつてないほど人間らしく、柔らかだった。


イリスは、ふたりの間に流れる空気に、胸が熱くなるのを感じていた。

誤解と疑念を越え、ようやく結ばれた“信頼”。


「――行こう。父上の元へ」


その一言に、イリスとセフィルも頷いた。

星の巫女、鍵守、そして星の環を繋ぐために影に立つ剣。


三つの光が、王の魂に潜む闇へと向かう―-


それは、長き闇の中で生まれた、ささやかだが確かな光だった。

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