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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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深夜の呼び声――魂の願い

王宮の祝賀会は、夜の帳と共に終わりを告げた。

花々の香りも、杯を交わす声も今は静まり返り、

イリスは与えられた客間の一室にて、静かに窓辺に立っていた。


天幕のように広がる夜空。

月光が、静かに室内を照らしている。


そのとき――


ふ、と。


まるで心の深層に、一滴の水が垂らされたかのような、繊細な震えが走る。

言葉ではない、けれど確かな“意思の気配”。


心の奥に、柔らかく語りかけてくるような声――

それは……レオノールの魂の声だった。


《……星の巫女よ。イリス・ヴァレンティア。

今、少しだけ、君に伝えたいことがある》


イリスは目を閉じ、意識を集中させる。

心の奥に、まっすぐ一本の光の糸が張られるように、

レオノールの“心の声”が滑り込んでくる。


《父上の容態が……急速に悪化している。

外見は安静を保っているように見えても、魂の中に“滲み”のような異変がある。

まるで魂ごと、どこか深い闇の底に沈んでいくような――そんな感覚だ。

魔力の流れが歪み、夢の中でさえまともに意識を保てていない》


イリスの胸が、静かに軋む。


《……私は、すでに確信している。

これは病ではない。誰かが意図的に、父の精神を“蝕んでいる”。

だが、王宮に巣食う闇は深く、誰にも口にできぬ》


レオノールの心の声が、ほんのわずか震えた。


《どうか頼む――星の巫女。君の力が必要だ。

癒し手の王としての、君の“真の力”が。

……私は……王子である前に、息子だ。

お願いだ、君の力にすがりたい……。

どうか……救ってくれ、父を――》


それは、レオノールという男が、初めて“仮面”を外した瞬間だった。


静かな声だった。だが、その知性と冷静の奥で、

彼もまた――誰よりも痛み、迷い、苦しみ、

王子としての矜持をぎりぎりまで押し込めた、“切実な想い”がにじんでいた。


イリスは、胸にあふれる熱を押さえきれず、静かに目を閉じた。

そのまま、そっと心の中で答える。


(……わかりました、レオノール第一王子殿下。

あなたの“願い”を、確かに受け取りました。

私にできることがあるのなら。

必ず、王を……この国の光を守ります)


レオノールの深く静かな声が響く。


《ありがとう……鍵守も共に。

君となら……彼も、魂の扉を開くかもしれない》


《時間は……今宵、月が天頂に至る頃。

転移の方法は後ほど届けさせる。準備を――》


交信の糸が、静かにほどけていく。



――と同時に。



「……巫女殿」


部屋の隅から、控えめな声が聞こえた。


イリスが驚いて振り向くと、そこには王子直属の”陰”――黒衣の者が立っていた。

彼は、幾重にも魔術で封じられた、小さな封書をイリスに渡すと、音もなく消えた。


それを受け取った瞬間、封に刻まれた紋章が淡く輝き、

イリスの指先で、魔力の鍵がほどけてゆく。


中には、一枚の手紙と――

銀細工の指輪がひとつ。


蒼い宝石を埋め込んだその指輪は、触れる前から微かな星の気配を放っていた。


(これは……)


文面には、こう記されていた。


『この指輪は、王家の血と、星の巫女の力にのみ反応する王家の秘宝。

“願い”と“意志”を重ね、強く望めば、君を我が元へ導くだろう。

ただし……その力に耐えうる者しか連れては行けない』


「……あっ……!」


読み終わった手紙が、静かに光となって消えていく。

イリスの手には、淡い光を放つ指輪だけが残された。



その時、激しいノックとともに、背後の扉が開いた。


「イリス!!」


駆け寄ってきたのは、セフィル。


続いてラーデンが姿を見せる。


「大丈夫か? 共鳴の”揺らぎ”を感じたんだが……。

すまない。護衛が遅れた……何があった?」


イリスはふたりに微笑んだ。


そして、手のひらの指輪を見せながら、祝賀会での出来事、

そしてたった今起こったことを、話し始めた――





「祝賀会での共鳴の”揺らぎ”。

まさかとは思っていたが……」


ラーデンの呟きに、セフィルも言葉を乗せる。


「……そんなことがあったとはな……」



ラーデンはふと眉をひそめると、指輪を覗き込む。


「これは……本物だ。星の巫女と王家の絆の証。

転移術にしては……かなり古い造りだな。

魂と意志に反応する、相当な精度のものとみえる」


イリスは顔を上げると、

ふたりの瞳をまっすぐに見つめる。


「お願い。一緒に来てほしいの。

きっと、これから向かう先は……光のない場所。

でも、あなたたちがいれば、私は進める」


その言葉に、セフィルがためらいなく一歩踏み出し、イリスを抱き寄せた。


「一人で抱え込むなよ。……ずっと言ってきただろ?

俺たちは、いつも、一緒だ」


ラーデンも頷く。


「……もちろん、共に。

君たちが進む限り、私は剣となり盾となる」


イリスの頬に、ふわりと微笑がこぼれた。




そして――



時は満ちた。



空を仰げば、月が天頂に輝いている。


イリスは指輪を嵌め、静かに祈るように願った。

蒼の宝珠が、彼女の指先に応えるように、わずかに震えた。


「……お願い。レオノール王子の元へ、導いて――」


その瞬間、指輪から、蒼く淡い光が溢れ出した。

床に星の紋が浮かび、三人の足元を包み込む。


──そして次の瞬間。


星の瞬きと共に、三人の姿は、王宮の夜に溶けて消えた。

向かう先は、王子の執務室。


夜の静寂が、嵐の予兆のように、息を潜めていた。

月光が淡く床に落ち、窓の外には、星々が静かに輝いていた。


それはまるで、彼女の歩みを照らす“導きの光”のように。

――そして今、星の巫女は王家の魂に迫る、真実へと踏み出そうとしていた。

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