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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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戴冠祝賀の夜

その夜、王宮の大広間は、星の光に彩られていた。

戴冠の儀式を終えた星の巫女――イリス・ヴァレンティアのために、

王都各地から高官や貴族、魔導師団の要人たちが一堂に会していた。


天井には魔法で作られた星の天蓋が広がり、

壁面の鏡がそれを映して、まるで天と地が交差するような幻想的な空間となっていた。


イリスは、王家から授かった正式な白銀の装束に身を包み、

その胸元には星のペンダントが輝いている。


彼女はこの日――王家と国とを繋ぐ「癒しの巫女」として迎えられたのだった。


人々の視線が、彼女に集まる。

だがそれは、純粋な賞賛ばかりではなかった。


王族、貴族、軍の要職……

それぞれが、それぞれの「思惑」を抱きながら、星の巫女という存在を測っていた。


その中で、レオノール・ヴァン・アルセリオ第一王子は、

王族の代表として、壇上から簡潔な祝辞を述べた。


「我が王国は、今、新たな時代の岐路に立たされている。

古より伝わる“星の記憶(セレス・メモリア)”が再びこの地に降りた今、

星の巫女と共に歩むことこそが、未来を切り拓く第一歩だ」


彼は終始、淡々とした調子を崩さず、

まるで、国の未来のために、必要な戦力を紹介しているかのようだった。





一方、ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵は、

祝賀の場でも相変わらず礼儀正しく、柔らかい口調で人々に語っていた。


「星の巫女が再び我が王国に現れたこと、

これはきっと、時代の変革と繁栄の訪れでありましょう」


そう言って杯を掲げたとき、

その笑顔の奥に、”ほの昏い何か”感じた者もいただろう。


だが――誰もそれを口には出さなかった。





王宮の大広間は、まばゆい光と笑顔に満ちていた。

けれど、それらの華やぎの下には、

誰にも言葉にできない「何か」がひそやかに満ちていた。


ラーデン・ノアクレストは、

その“沈黙のざわめき”の中心に、無言で立っていた。


――共鳴体質。


この世界の“気”や“心の動き”に、触れれば触れるほど響いてくる厄介な体質。

それゆえに、彼は人ごみや社交の場を苦手としていた。


だが今日は、逃れられない立場にあった。

エスラ公爵の名のもとに、“協定の立会人”として出席しつつ、

星の巫女と鍵守を護る使命を、密かに背負っていたからだ。


(第一王子の気配が……まるで読めない)


レオノール・ヴァン・アルセリオ。

聡明で冷徹――だが、それだけではない何かが、ラーデンの中で引っかかっていた。


他人の感情や思考の端をすぐに感じ取ってしまうこの体質ですら、

レオノールの“本心”には、一切届かない。


まるで彼自身が、感情を“封じた領域”に閉じこもっているかのように――


そんな折。


レオノールが、星の巫女――イリス・ヴァレンティアに歩み寄った。


彼は、誰にも聞こえぬほどの距離で、

イリスに向かって、グラスを差し出した。


「――疲れたか?……水でも飲むか?」


ただそれだけの言葉。


「……ありがとう……ございます」


グラスを受け取ったその瞬間――

イリスの視線が、ふと揺れた。



そして。



レオノールの瞳が、静かにイリスを見つめたまま、まばたきを一つする。



そのわずか数秒――

外からは何の変化もなかった。


傍目には、王子が巫女に、水の入ったグラスをただ差し出しただけに見えただろう。


だが――ラーデンには、“何か”が伝わってきた。


(……共鳴した? 今――何か、交わされた?)


レオノールとイリスの間に、確かに一瞬、“震え”が走った。


咄嗟に探ろうとするも、その”揺らぎ”は、驚くほどの速さで遮断された。

言葉ではなく……だがそれは確かに、心を通わせる何か。


(第一王子から……イリスに……何かが渡った)


ラーデンは、一気に警戒を強める。


(奴は……何をした――?)


だがそれ以上、共鳴は読み取れなかった。


王子は、いつもの仮面のような無表情で、軽く会釈をすると去っていく。

イリスは、その背をただ静かに見送っていた。


(見事な仮面……だが、)


ラーデンはそっとイリスを見やった。


彼女のまなざしは、静かに熱を宿していた。

誠実な祈りに触れた者だけが持つ光。


(やはり……何かが、“通じた”)


彼には、それ以上のことは分からなかった。


星の巫女の祝賀会。

その一角で、誰にも気づかれぬまま、

運命は少しだけ――動いたのだった。

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