表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/82

戴冠の儀式

神殿の大広間。

天蓋のように高く伸びた天井には、星の紋章が刻まれ、柔らかい光が降り注いでいた。


奥に一段高くなっている祭壇が、古より伝わる神域であった。

この場には、王家の血を引く者と、星の巫女のみが、立ち入ることを許される。


列席するのは、神官長と聖職者、魔法評議会の重鎮、並びに――

ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵。


祭壇に立つのは、第一王子レオノール・ヴァン・アルセリオ。


そして――


純白のローブに身を包んだ、イリス・ヴァレンティア。


「この日、この時をもって――

王家と星の巫女の誓約は、古の記憶に倣い、再び結ばれん」


神官長の声が、静けさの中に響く。


レオノールの手には、契約の冠。

銀に星の紋が浮かび、中心に淡く光る蒼玉が埋め込まれていた。


この冠は、かつてのニーナのもの。

だが今、それはイリスに捧げられる。


レオノールは、その手に重みを感じながら、ゆっくりと歩み寄る。

イリスの前に立ち、静かに目を合わせた。


その瞳の奥にあるのは、支配でも命令でもない。

――深く、確かな願い。


「星の巫女イリス・ヴァレンティア。

この国に在りし〈癒し〉と〈(ことわり)〉の象徴として、

我が王家と契約を」


レオノールの問いに、イリスは迷いなく頷いた。


「はい。星が紡いだこの地に、私は命を預けましょう。

そして、あなたの願いが正しきものならば――私はその光となることを……誓います」


レオノールは小さく息を呑み、冠を持ち上げた。


「ならば、汝に冠を。

この契約は、王家と巫女の絆――

国を守り、魂を癒す、古の誓いの再興である」


そして――


彼の手で、冠がイリスの頭にそっと置かれた。



その瞬間――



神殿の天蓋から、一筋の光が降り注いだ。

星の記憶が応えたのだ。


祭壇の床に刻まれた紋章が淡く輝き、イリスの身体を星光が包む。


祭壇下に佇むセフィルとラーデンの足元にも、微かに光が広がった。

まるで彼らの魂も、同じ誓いに共鳴しているかのように。



「……契約は結ばれた」


神官長が宣言する。


神殿の奥で、聖なる鐘がふたつ鳴った。

それは王家と巫女との誓約を、この地に刻む音。


イリスは目を閉じ、星の冠の重みを感じていた。


こうして、星の巫女と王家の契約は結ばれた。


それは、光と闇が揺れ動くこの時代において――

最後の希望を繋ぐ、運命の戴冠であった。





神殿に響いた星の鐘の音が静まったあとも、

大広間の空気は、なお神聖の余韻を残していた。


星光の粒がまだ宙を舞い、戴冠を終えたイリスの白き衣に淡く降り注いでいる。


漆黒の礼服に身を包み、整えられた銀の髭を撫でながら、

ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵は、祭壇の光景を見つめていた。


その顔には、相変わらず穏やかな笑みが浮かんでいる。


敬意と祝意を装った、完璧な貴族の表情だった。





「これは……まことに美しい儀式でしたな。

星の導きとは、こうも幻想的なものかと、改めて感じ入りました」


エスラ公爵はゆっくりとイリスに近づき、

深く、礼儀正しく一礼した。


「星の巫女殿――いえ、イリス・ヴァレンティア殿。

このたびの戴冠、心よりお祝い申し上げます。

王国にとって、あなたの存在がどれほどの意味を持つか……改めて思い知りました」


その声は穏やかで、

ただ静かに、優雅に、相手を称えるような響き。


けれど――その言葉のひとつひとつの裏には、

隠された黒い思惑があった。


(あれが、星の冠……

そして――“星の記憶(セレス・メモリア)”が応えたというのか)


彼の瞳に宿るのは、祝福ではなく、冷ややかな思索。


(面白い……これほどの光を示したというのなら、

確かに“器”としては及第点か)


イリスの表情を一瞥する。


彼女の瞳の奥に宿るのは、凛とした決意の光。

意志を持ち、従属しない“強さ”があった。


(だが……その光が、どこまで闇を拒めるか。

試す価値はある……)




「……王子殿下も、素晴らしいお手並みでしたな」


エスラ公爵は、今度はレオノールに微笑を向ける。


「星の巫女との契約――これは王家にとって、まさに“天の恵み”です。

どうか、この希望を――正しく導いてくださいませ」


レオノールはわずかに眉を動かした。


公爵はその様子を観察するように一瞥し、ゆっくりと身を翻した。


「……さあ、王宮にて祝賀の準備が必要ですね。

巫女殿が戴冠された今こそ、国中が“正しい方角”に向かっていくべき時ですから」


それが何を意味するのか――


(星の巫女。……その光、どこまで持つか見せてもらおう)


(いずれは、その光すら――掌中に納める)


公爵の瞳に、冷たい光が走る。

だがそれは、振り返った瞬間にはすでに消えていた。


公爵は、再び微笑みを浮かべながら、

神殿の外へと去っていく。


――戴冠の儀式、その後。


それは、希望と不穏が交錯する、新たな序章の始まりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ