波紋の朝
星紋の塔に朝が訪れる。
けれど、その空気はどこか緊張に満ちていた。
「おい、聞いたか?」
「禁書の部屋の扉が……開いたって本当か?」
「まさか本当に”鍵守”が……?」
「いや、まさか。あれは”セレスの扉”だろう?開けられるわけが……」
生徒たちのざわめきが、石造りの廊下を震わせるように広がっていく。
封印の間ーー通称【禁書の部屋】が、突如として反応を示し、解放された。
それはかつて予言されていた”鍵守”の復活ーー。
そして同時に、その召喚主が、《星の記憶》を持つ者、
すなわち星の巫女である可能性が高いことを示していた。
その知らせは塔の内外に衝撃をもたらし、
瞬く間に、魔法学園の上層部から、王都の中心にある魔法評議会へと届けられた。
重厚な結界に守られた評議会本部。
そこに集まった老魔導士たちは、封印が破られたというだけでなく、
【異世界の魔力反応】、【召喚された存在】、【契約の痕跡】ーーに唸り声をあげる。
「間違いない……セレスの扉が反応した」
「これは星の記憶ーー”癒し手の王”の魂を持つ者が、現れた証」
「まさか……”鍵守”が本当に目覚めたというのか?」
「だとすればーー”星の巫女”が覚醒したのか……?」
「証拠はあるのか?確証がなければ、またあの時代の再来になるぞ!」
誰かが呟くと、部屋に張り詰めた沈黙が落ちる。
はるか昔、世界を襲った大崩壊を鎮めた唯一の存在。
癒しの魔法を極め、滅びを食い止めたとされる伝説の人物 ”癒し手の王”。
その魂と記憶は、時を超えて、宿命の巫女に継がれるとされていた。
それが、《星の記憶》ーー
”星の巫女”と”鍵守”ーーそして封印されし”闇の奔流”。
それらは、この世界の最深に横たわる禁忌の伝承。
学園の設立理由そのものであり、王国の歴史の闇でもあった。
「だが……再臨が起きたというのなら、同時に”あの存在”も目覚めるということだ」
ざわめく評議員たちの間で、ひときわ低い声が響く。
「……我々は、早急に”星の巫女”を保護しなくてはならない。
彼女の力は、正しく導かれなければ、また過ちを繰り返すことになる」
*
一方、当のイリスはというとーー
その日、朝食を食べる間もなく、学園長室に呼び出されていた。
古びた天球儀が静かに回るその部屋で、机越しに問うのは、
星紋の塔の学園長であり、元評議会議長でもあった……老魔法使い・ゼルファード。
「イリス・ヴァレンティア。……君はなぜ”セレスの扉”を開けることができた?」
その目は優しくも鋭く、どこか哀しみをたたえて彼女を見つめていた。
「……私にも、わかりません。ただ……導かれるようにあの魔導書を手に取って……。
気がついたら扉が開いて光に包まれて……彼、が……」
イリスが口にする「彼」に、ゼルファードの眉がぴくりと動く。
「……名は?」
「セフィル……そう、名乗りました」
その名が静かに落ちた時、部屋の空気が一変した。
「……鍵守セフィル。やはり、伝承は本当だったのか」
*
その夜。塔の最上階ーーセフィルの待つ禁書の間。
イリスはひとり、そっと彼のもとを訪れていた。
「……学園や評議会、すごく騒いでる。私が”星の巫女”だってーー」
セフィルは淡く光る結界の内側で、優しく微笑み、静かに言った。
「”セレス・メモリア”が目覚めた……それだけで、世界は動き出す。
君は”星の巫女”だ。ーー前世で世界を救った”癒し手の王”の魂を持つ者」
イリスの瞳が揺れる。
「でも、私にはそんな力……」
「あるさ。君が俺を呼んだーーそれが何よりの証明だ。
……君は、また俺を選んだ。なら俺は、今度こそ最後まで君を守る」
その言葉の奥には、深い誓いと、忘れられぬ過去の影があった。
話が徐々に広がっていきます。お楽しみいただけたら幸いです。