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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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謁見の間

イリス・ヴァレンティアが、神殿で”星の記憶(セレス・メモリア)”に共鳴した翌朝。

その影響は王都全体に波紋のように広がっていた。


神殿の魔術結界がかすかに震え、天空の星脈が僅かに揺れたと、

複数の高位魔導士が報告していた。


星の巫女が、本格的に目覚め始めた――

それは、多数の者には歓喜であり、一部の者たちにとっては……脅威でもあった。


神殿から王宮へと馬車で向かう途中、イリスの心は静かに波打っていた。

これから会うのは――王家の中枢に最も近い者たち。


「第一王子……レオノール殿下、か……」


セフィルが隣で呟く。





「星の巫女イリス・ヴァレンティア殿、鍵守セフィル殿、

評議会執行官ラーデン・ノアクレスト卿、ご到着です」


重厚な扉が開き、黄金の装飾が施された謁見の間へと三人は通された。

居並ぶ者たちの向こう――第一王子と、エスラ公爵の姿が見える。


イリスとセフィルの後ろにラーデンが控え、礼を執る。


エスラ公爵が口を開く。


「星の巫女――イリス・ヴァレンティア殿。

あなた様が神殿にて『星の記憶』と深く共鳴したことは、

すでに報告を受けております。

王国の未来にとって、誠に興味深い兆しであると受け止めておりますよ」


その声は穏やかで、空気をなでるようだった。

だが、イリスはその響きの奥に、“とても冷たい何か”を感じた。


エスラ公爵は傍らの王子を見やる。

王子は頷くと、口を開いた。


「……我が王――父王は、体調により本日の謁見には臨めぬ。

よって、王家を代表して、私が言葉を伝える」


玉座に座るレオノールが、冷ややかな声で言った。

その目は深く、何かを計るように、まっすぐにイリスを見ていた。


「イリス・ヴァレンティア。星の巫女。

王国より正式な見解を伝える。

その力が真に確かなものであるならば――」



一瞬の間。



「……君は神の器であり、王家の宝でもある。

その力を、王国の安定のために――”正しく使う”必要がある。

王家として、君の力を、この国の運営の一端として、適切に“管理”させてもらう所存だ」


(管理……だと?)


その言葉に、セフィルが眉をひそめる。


――“管理”。

それは、力を「貸してほしい」という願いではない。

「支配の枠に組み込みたい」という意思だ。


イリスはわずかに目を伏せた。

だが――すぐに顔を上げ、凛とした声で告げる。


「……恐れながら。私の力は、“命ずるままに使われる”ものではありません。

この国と、その人々のためにあろうとする心に応えるものです。

――意志なき従属では、星の光も、力を貸してはくれません」


イリスは、王子と公爵をまっすぐに見据える。


「私は、力を利用されるために存在するのではありません。

私は、この国の人々を“癒す”ために在る。

王家のご意志に沿う形であっても、決して“道具”ではないと、申し上げます」


「……何という……不敬な……!!」


魔導士たちがざわめき、謁見の間の空気が、すっと冷たくなる。


公爵が、にこりと笑みを深めた。


「お言葉、確かに。

……だが、巫女殿。あなたの力は“導かれるため”にある。

それが“星の意志”というものではありませんかな?」


「導く、とは――“意志を尊重する”ことではないのですか?」


イリスの声は、淡々としていた。

だがその内には、揺るがぬ“覚悟”があった。


公爵はわずかに笑った。


「ご立派なお考えですね。ですが、巫女殿。

かつての“癒し手の王”も、その力を王国のために使いました。

――民を救い、国を統べる。それこそが、“星の導き”というものでしょう」


彼の声音は穏やかで、耳に心地よい。だが、その奥底にあるものは――


イリスは目を逸らさず、一歩も引かなかった。


「私は、誰かの下に在るためではなく、

“共に在る”ために、この地に呼ばれたのです」


それを聞いた瞬間――レオノールの目が、微かに細まった。



「……なるほど」


レオノールの一言で、謁見の間に沈黙が戻る。


「それを決めるのは、君ではない。

君の意志は尊重されるべきだが、王国全体の命運を左右する立場に立つ以上、

君個人の自由は、後回しにせねばならないこともある……理解しているとは思うが」


レオノールの表情は崩れない。


「ならばこそ、その力を“正しく”活かしてほしい。

王家と共にある道を選ぶのなら……それが、君自身の意志だというのなら。

いずれにせよ、王家としては君に“重大な役割”を担ってもらうことになる」


彼は言葉を選びながら、あえて一言、重ねた。


「――君の力を、我々は責任をもって、”管理”させてもらおう」


イリスは真っ直ぐに頷いた。


「……“共に在る”と、信じられるのなら」


エスラ公爵は、笑みを崩さず、そのやり取りを見つめていた。

微笑みの仮面の下に、黒い意志を宿して。


レオノールは立ち上がると、振り返って言った。


「今宵、神殿にて“戴冠の儀式”を行う。

巫女として、王家との契約を交わす儀だ。

……ぜひ、晴れやかに臨んでほしい。王国が見ている」


そう言い残し、第一王子は扉の奥へと姿を消した。





謁見後、控えの間で、ラーデンが静かに口を開いた。


「どうだった……王子との対面は」


「笑顔の下に剣があったわ」


イリスは短く答えた。


「ああ。あれが“王家のやり方”だ」


ラーデンも口元を引き結ぶ。


「――でも、私はもう迷わない。

ニーナが残してくれたぬくもりが、私の中で動き始めてる。

ここから先、私は“誰かのために”でなく、“私自身の意志”で歩く」


「……そうだな。君は星の巫女である前に、イリス・ヴァレンティアだ」


ラーデンの声には、深い敬意があった。

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