目覚めの朝
空が白み始めるころ。
神殿の高窓から差し込む光が、静かに聖域を照らし始めていた。
やがて、星紋の間に淡い光が満ちていく。
天井の星々の文様が、夜明けの魔力に応じて一つ、また一つと輝きを増す。
光が床の魔法陣に反射する。
その中心で、イリス・ヴァレンティアはそっと瞳を開いた。
ルミナウルが頬に擦り寄って甘えるように鳴き、
その羽で優しく撫でる。
「……朝……?」
夢と現実の境界が曖昧なまま、イリスはゆっくりと身体を起こし、ルミナウルを撫でる。
「ふふ……ありがとう。ルミナウル」
ルミナウルはふわりと飛んでひと声鳴くと、右手の紋章へ消えていった。
イリスは周囲を見回す。
「あれは夢じゃない……。ニーナ……ありがとう」
呟いたその言葉に、胸の奥がきゅっと痛んだ。
――“歩き出さなければ”という焦燥と覚悟が、確かに芽生えていた。
その胸元で、星のペンダントがわずかに淡く光る。
イリスは自分の掌を見つめる。
昨夜、光の中で触れた手の感触――温かく、少しだけ震えていた。
それは、ただの記憶ではない。「誰かの想い」を宿した記憶だった。
「……イリス!」
その名を呼ぶ声に振り返ると、神官の制止を振り切るようにして駆け込んできたのは、セフィルだった。
一晩中、外で待機させられていたのだろう。
目の下には疲れの影があった。
だが、イリスの姿を確認した瞬間、その表情がぱっと安堵に変わった。
「――よかった、無事で……。
魔力の反応が途中で変調したって聞いて……」
「ごめん……私は平気。
むしろ、すごく不思議な感覚だった。
……私は……“星と繋がった”気がする。
とても懐かしい記憶と……ニーナの声を聞いたの」
そう言うイリスの瞳は、どこか遠くを見るように澄んでいた。
セフィルはしばし見つめ、それ以上何も言わず、そっと彼女の手を取った。
「……ねえ、セフィル」
イリスは静かに言った。
「ん?」
「私……“巫女”としてこの先、たくさんのことを背負っていくのかもしれない。
でも、できるなら……それを“自分の意志”で選びたい」
「……もちろんだ」
セフィルは迷いなく頷いた。
「君が“選んだ道”なら、俺はどこまでもついていく。
星の巫女としてではなく――イリスとしての君を、俺は信じているから」
イリスの瞳がわずかに潤んだ。
(ありがとう……あなたが隣にいてくれるなら、きっと私は……)
そのとき、扉の外から神官の声が響いた。
入室した神官が一礼して告げる。
「巫女殿、王家の使者がお見えになりました。
お支度を……」
一瞬だけ、空気が張り詰めた。
セフィルが立ち上がり、イリスに手を差し伸べる。
「行こう。君はもう、“星の巫女”として歩き出したんだ」
イリスはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
目覚めの光の中、淡い金の髪がきらりと揺れる。
この朝は、ただの夜明けではない。
“記憶”を継ぎ、“意志”を持った少女が――
星の巫女として、はじめて“未来”へと目を向けた朝だった。




