神殿内――星紋の間
神殿の内部は、外からは想像もできないほど荘厳だった。
天井には星を模した無数の紋章が輝き、
白金の壁には、精霊のような魔力の軌跡が浮かんでは消える。
イリスは、静かな導きに従って、ひとり“星紋の間”と呼ばれる神聖な区画へと通された。
「今宵、巫女様はここで一夜を過ごし、
“星の記憶”との交感を試みていただきます」
案内役の神官がそう言い残すと、音もなく扉が閉じられる。
部屋の中央に、淡く輝く水鏡のような魔法陣が広がっていた。
――“選ばれし星の記憶、封じられし魂よ。巫女の器に触れよ”――
ふと、誰かの声が耳元で囁いた気がして、イリスはぎゅっと胸元を押さえた。
その瞬間、魔法陣がふわりと光を放つ。
(……なぜだろう。この光……懐かしい)
理由もわからず、涙が滲んだ。
イリスはそっとひざまずき、魔法陣に手を触れた。
そして――意識は、深い深い、眠りのような“記憶の層”へと沈んでいった。
*
同時刻、ラーデン・ノアクレストは、神殿の地下通路を静かに進んでいた。
そこは一部の高官しか通れない、
王家と公爵家の“連絡通路”だった。
奥の扉を開けると、すでにディアストレ・ヴァン・エスラ公爵が一人、椅子に腰掛けていた。
「ご苦労だったな、ラーデン。巫女の様子は?」
「……順調に“適応”しているようです。
今宵、初めての”星の記憶”との交感を試みます」
公爵は沈黙のまま、卓上のワイングラスを回した。
「巫女が“正しく目覚め”た場合、我々の計画は次の段階へ移行する」
「王家による“儀式の掌握”ですね」
「……わかっているではないか。
封印に関わる者は、全て王家の管理下に置かねばならない。
巫女も、鍵守も。」
ラーデンの瞳が、一瞬だけ揺れる。
「お前には、引き続き“忠実な”振る舞いを期待しているよ、ラーデン。」
「……畏まりました、閣下」
深々と頭を下げるその姿に、表情の揺れは一切なかった。
だがその心には、確かな怒りと焦燥が渦巻いていた。
ーーラーデンが静かに退出する。
閉じられた扉に向けて、
ディアストレは、ふっと息を吐くと、
自嘲するように呟いた。
「ーー王家の管理下、だと?
…違うな、私の、管理下だ」
*
水の中にいるような、音のない空間。
イリスはそこで、誰かの声を聞いた。
「……イリス。会いたかったわ。
とうとう……来てくれたのね」
その声は、かすかに震えていた。優しく、哀しく、懐かしい響き。
「あなたは……もしかして?」
「そう。
私は、かつて“星を守った者”。そして、あなたの中にいる“記憶”。
――ニーナと呼ばれていた頃の、魂」
「ニーナ……」
「ついに、ついに……”星環の守り人”と出会えたのね――
あなたは、“星の器”として目覚めようとしているけれど……それだけでは不完全。
――星を開く鍵が必要。そして、“影を抱く魂”も」
「それは……セフィルと……。ルヴィアン?」
問いかけた瞬間、白い光の中に――微笑みながらもどこか哀しい目をした少年の面影が浮かぶ。
イリスははっと息を呑んだ。
「目覚めて、イリス。すべてが動き出す前に――あなたが、選ばなければならない」
光が溢れ、記憶の層が崩れていく。
*
神殿の鐘が、低く一度だけ鳴った。
それは“星の巫女”が、初めて“記憶に触れた”ことを告げる、神殿の伝統。
その音を聞きながら、エスラ公爵は誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「目覚めよ、巫女。さもなくば――」




