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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
魔法王国――王都アルセリオ

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王都アルセリオ

魔道飛行船(シルフィオン)は、王都の上空に差しかかっていた。

遥か下には、荘厳な城壁に囲まれた白い街並みと、その中心にそびえる王城、

――そして王立神殿の尖塔が並び立っている。


魔法王国、アルセリオ。

王国名を都市名に抱くその街は、今なお神聖と権力の両輪を備え、

王国のすべてを動かす中枢であり続けている。


イリスは、船窓から広がるその眺めに、息を呑んだ。


(これが……王都――アルセリオ)


荘厳で、整然としていて、どこか冷たい――

けれど、空に浮かぶ光の帯に包まれたその景色は、確かに「この国の心臓」だった。


「……あれが、神殿……」


イリスの声は震えていた。

そこは、かつて夢の中で見た“記憶の光景”と酷似していた。


「この神殿に、“星の記憶”が……」


セフィルの声もかすかに低い。


ラーデンは無言で隣に立ち、軽く腕を組んでいる。


「空港塔と接続完了。着陸、開始します」


船内に、魔導士の声が響く。


飛行船が高度を落とし始めると、街中の魔導灯が点滅し、出迎えの合図を送り始める。

それは、王都が“客人”に用いる、最大級の儀礼だった。


(歓迎……のつもり、でしょうね)


イリスが小さく息を吐く。


やがて飛行船は、空港塔の最上階、迎賓専用の特別プラットフォームへと、静かに着陸した。

甲板の扉が開き、風が流れ込む。

神聖な都市の空気が一気に満ち、魔力を帯びた結界の気配が肌を刺す。


ラーデンが一歩前に出て、二人に小声で言った。


「ここからは、私も表の立場を演じる。

……だが、信じてくれ。

君たちの意思が揺らがぬ限り、私の剣も、心も、君たちのためにある」


「……ありがとう、ラーデン」


イリスが答える。





石造りのプラットフォームに整列するのは、神殿騎士団と王国魔導士団。


その中央に立つのは、絹を思わせる青の礼服に、

細剣の飾りを帯びた長身の青年――第一王子、レオノール・ヴァン・アルセリオの姿があった。


背筋の通った若き王子は、

凛とした王族の威厳と、余裕が宿った眼差しで空を見上げている。


そのすぐ背後。

重厚な黒の礼装と金の徽章を身につけた男が控えていた。


白銀の髪に冷徹な瞳――ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵。


二人の立ち姿は、まさしく王都の権威と意思を象徴していた。


「……出よう」


ラーデンが先に足を踏み出す。

イリスは深く息を吸い、セフィルと共にその背に続いた。


三人が階段を下り、石造りのプラットフォームに立つと、

整列していた神殿騎士たちが一斉に膝をつき、騎士団長が声を張る。


「――星の巫女、イリス・ヴァレンティア殿、鍵守セフィル殿、

そして評議会執行官ラーデン・ノアクレスト卿、お迎えにあがりました」


その言葉は礼を尽くしつつも、どこか形式的だった。

イリスは表情を崩さず静かに一礼を返し、ゆっくりと進み出て礼を執る。


「私は、アルセリオ王国第一王子、レオノール・ヴァン・アルセリオ。

父王の名代として、君を歓迎する」


イリスは静かに答えた。


「……星の巫女として、王家のお導きに従います」


「――良い返事だ」


レオノールは微笑を崩さぬまま、しかし明確な圧を込めて言った。



(……始まる。……ここから、本当の試練が)


その肩に、“星の名”が重くのしかかる。

けれどイリスの背は、まっすぐだった。


神殿騎士団長が進み出る。


「――参りましょう。”星紋の間”は既に開かれています。

巫女は今日から神殿にて、心身の浄化と”選別”を受けていただきます」


「選別……?」


イリスの問いは無視された。

石畳を渡る足音だけが、冷たく響いた。


セフィルがすぐにイリスの隣に並び、彼女の手をそっと握る。

その手のぬくもりが、唯一の支えのように感じられた。


「――行こう。ここが、運命の場所だ」


その後ろには、ラーデンが静かに歩いている。


風が揺れ、星の欠片のように光が舞った。

王都の地が、彼ら三人を迎え入れる。


やがて、静かなる攻防と交錯の物語が、幕を開ける。

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