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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
王都への旅路

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静かな対話

魔道飛行船(シルフィオン)は、雲海の上を音もなく滑るように進んでいた。

空は澄み渡り、遠くに王都の尖塔が、陽光を反射して小さく輝いている。


その甲板下、執行官室。

ラーデンは窓際に立って腕を組み、黙ったまま空の色を見つめていたが、

イリスとセフィルに向かうと、ゆっくりと口を開いた。


「王都は……美しい街だ。

歴史も芸術もある。けれど――その分、よく“飾られている”」


「飾られている?」


イリスが首をかしげる。


「そうだ。何もかもが“整って見えるように”作られている。

実態はもっと複雑で、脆く、濁っている部分もある」


ラーデンの声は静かだったが、その言葉には微かな警告の色が混じっていた。


「王都には、さまざまな思惑が渦巻いている。

表に出ているのは一部に過ぎない。

……特に、第一王子殿下と、ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵には警戒を怠るな」


その名に、イリスは微かに身を固くする。


「第一王子……?」


セフィルが問い返すと、ラーデンはわずかに視線を落とした。


「理知的で人当たりもよく、民にも人気がある。

だが彼は、“星の巫女”という存在を、自身の政治的武器にしようとしている節がある。

父王に代わり、実権を握るためにね」


「……巫女を、利用しようとしているのね……」


「表向きは丁重に迎えられるだろうが、その笑顔の裏にある意図は決して見逃してはならない。

王子だけではない。エスラ公爵も、同じだ」


イリスの胸に、重いものが落ちた。


ラーデンは視線をセフィルに移す。


「公爵は、王国枢密院の重鎮だ。そして、魔法評議会議長でもある。

巫女と鍵守の在り方、そして封印の構造そのものに対して、旧来の“型”に固執している。

彼にとって、君たちは“自由意志を持つ存在”ではなく、

“儀式のための道具”でしかない。

だから、今回のこの”協定”についても――」


ラーデンは一瞬逡巡した後、言葉を紡ぐ。


「当然だが、エスラ公爵は納得していない。

ありとあらゆる手を使って圧力をかけ、破棄させるか、あるいは――

……考えたくはないが、最初から”なかったこと”にするかもしれない。

奴なら、やりかねん」


セフィルの瞳に冷たい光が宿った。


「そのような者の手には、絶対にイリスを渡さない」


「……ありがとう、セフィル」


イリスは思わず、隣に座る彼の袖を軽く握った。


ラーデンは続ける。


「既に知っていることだと思うが……エスラ公爵は……俺の表向きの主だ。

策略家であり、王家にとって都合の悪い力を抱えた者を、“囲い込む”のが常だ」


セフィルが眉をひそめる。


「囲い込む、とは?」


「表向きは庇護。だが実際は“監視と制御”だ。

このまま星の巫女として名が広がれば、イリス、君は――必ず利用される。

だからこそ俺は……自ら奴の“駒”になる道を選んだ」


イリスがはっと目を上げた。

ラーデンは少し視線を落とし、苦笑したように口元をゆるめた。


「だが、君たちを守るためだ。これは俺の選択だ。……後悔はしていない」


静かな沈黙が流れたあと、イリスは小さく唇を動かした。


「……ラーデン様」


その呼びかけに、ラーデンの肩がぴくりと動く。

振り返った彼は、少し困ったように、けれどどこか優しい目で彼女を見た。


「イリス。対外的には、それで構わない。君の立場もある。

だが、我々は仲間だ。君の隣にいる者のひとりにすぎない。

――だから……」


彼は言葉を探すように少し間を置いてから、続けた。


「――どうか、我々の前だけでは、“ラーデン”と呼んでくれ」


イリスの瞳が驚きに見開かれる。

胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


そっと、微笑む。


「……わかりました。ラーデン」


その呼び名に、ラーデンもまた、静かに頷いた。


飛行船は雲を抜け、次第に王都の姿が見えてきた。

それは、運命の地へと導く“始まりの光”にも、“陰りゆく予兆”にも見えた――。


それぞれが、これから始まる新たな局面に、無言のまま心を定めていた。


――この先、何が待ち受けていようとも。

三人の間には、確かな絆の芽が宿り始めていた。

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