紅き剣士の記憶
ラーデン・ノアクレスト。
王家の遠縁に連なる名門の生まれにして、幼き頃より卓越した魔導の才を示した青年。
指先からほとばしる小さな光を、誰よりも早く操った。
基礎魔術の習得も、魔力操作も、周囲の大人たちが驚くほどの速さで身につけた。
その才は、王都でも一握りの者しか到達できぬ高位魔術を、十代のうちに習得していたほどだ。
だが何より、彼の資質を決定づけたのは、
”共鳴体質”と呼ばれる、極めて稀な魔法感応の能力だった。
共鳴体質――
それは、他者の魔力、心の波動、記憶の欠片に対して、無意識に反応してしまう体質。
稀に生まれる者がいる、繊細な魂の器。
対象が感情を揺らせば、自身の心も引きずられる。
対象が魔法を発動すれば、自分の魔力がそれに呼応し、時に暴走する。
さらに深く接触すれば、封印された記憶や魔力の“残響”にまで共振してしまう。
王国においては「極めて危険」でありながら、
「あらゆる記録と魔力にアクセスしうる可能性を持つ者」として扱われる。
しかしそれは、“他者との距離を常に保たなければならない”という、
孤独を背負う体質でもあった。
その力に気づいたのは、まだ十歳の頃。
ラーデンの力は、徹底的に管理されることになった。
彼の力は「使える」ものとして、王家の封印管理計画の一部に組み込まれていた。
もし”影”が再び現れた時、共鳴者であるラーデンを囮にする――そのために。
ラーデンはそれを知りながら、黙して受け入れた。
*
王宮の魔導審問で保護対象となったラーデンは、
唯一その異質な感受性を恐れなかった、一人の魔導士と出会う。
それが、ゼルファードだった。
威圧ではなく、知識と穏やかさで周囲を包む男。
魔導士の中でも名高いその人物は、少年の内にある脆さを見抜きながらも、それを咎めなかった。
「それは“橋”になれる”力”だよ」
彼はラーデンの中に、“自分と異なるものを恐れず繋ごうとする”、純粋なまっすぐさを見出した。
そして、自らの弟子として彼を引き取り、魔導と精神の制御を教え込んだ。
「怖がってもいい。
だが、お前の中にある“共鳴”は、誰より世界を感じ取れる力だ。
それを誇りに変えるか、呪いにするかは……お前自身の選択だ」
そう語るゼルファードの背中は、ラーデンにとって最初の“光”だった。
共鳴体質を理解し、補助魔術の訓練や心の均衡法、瞑想、魂の静定技術――
ゼルファードは惜しみなく知識を与えてくれた。
彼のもとで過ごした数年は、ラーデンにとって宝だった。
共鳴の苦しみは消えはしないが、それを恐れずに向き合う方法を知った。
「俺は、誰かのためにこの力を使いたい」
そう思えるようになったのは、ゼルファードのおかげだった。
*
だが、それは長くは続かなかった。
青年となったラーデンに目をつけた者がいた。
王国枢密院の重鎮であり、王家に近い貴族、エスラ公爵――
才ある者を手中に収めることを好む策士だった。
「共鳴体質とは、要するに“感応”の天才だ。
星の巫女に触れ、鍵守に近づき、その力の行方を我が手で見極める。
……お前の役割は決まっている。私の“駒”となれ」
ラーデンは、ゼルファードの元を離れた。
それが、星の巫女と鍵守のためになると信じたから。
公爵のもとで、何も知らないふりをして従順に振る舞う日々。
誰よりも忠実に見せかけて、その目はいつも、未来を見ていた。
(駒のふりでいい。影に立つ、それも俺の選択だ)
心の中でそう言い聞かせながら。
「星の巫女と鍵守……この世界を支える二つの柱がいるなら、
誰の命令でもなく、自分の意志で――必ずこの手で守る」
ゼルファードがくれた言葉があった。
「どんな未来でも、お前が“心から“選んだなら、
それがお前の真実になる」
だからラーデンは今、選ぶ。
駒ではなく、柱のひとつとして――
過去と未来を繋ぎ、光と影を繋ぐ、世界の調停者、”星環の守り人”として。




