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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
王都への旅路

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星脈の揺らぎと調停者の目覚め

星脈の大地は、風が吹かないはずなのに、不思議と冷たい空気が肌を撫でていた。


地下とは思えぬほど広い空間。

岩盤が砕けた断層の合間から、古の魔力が脈動のように噴き出している。

地表に浮かぶ光の紋様は微かに震え、まるで生きているかのようだった。


イリスが足を止める。


「……ここが、星脈……?」


言葉にした瞬間、右手に浮かぶ星の紋章が、周囲の結界に反応したかのように明滅を始める。


「イリス。ここを開けられるのは、君だけだ」


セフィルが低く言うと同時に、

ラーデンが剣の柄に軽く手を添えながら、ふたりの前に立つ。


三人が結界の境を越えた瞬間、空間が一段階、温度を下げたように感じた。


――そこには、黒い石が浮いていた。

まるで心臓のように、ゆっくりと脈打っている。


地面から生えたような祭壇の中心。

宙にあるその石は、見上げるほどの大きさで、

表面は漆黒に濡れていた。


しかし、よく見ると、その石には何層もの“ねじれた糸”のような魔力が絡みついていた。

それは、濁った黒の霧――怨念のようなものだった。


「これは……闇の残滓?」


セフィルが低く呟いた、その瞬間。


石から吹き出す黒い霧が、突如として“動いた”。



――ズズッ……!



霧が渦を巻き、地を這うように広がっていく。

霧の中から、ぼやけた影の輪郭がいくつも生まれた。


獣のような、亡者のような、形容しがたい影たち。

目も鼻もない黒い塊が、ギチギチと軋むような音を立てて動き出す。


「来るぞ――!」


ラーデンとセフィルが同時に前に出る。


空気は重く、湿った土のにおいに混じって、

鉄のような、腐臭のような匂いが鼻をついた。

影たちは不規則に動き、複数の方向から同時に飛びかかってくる。


剣撃、魔力の閃光、踏み込み、すれ違い。

戦いは、短く鋭い動きの応酬だった。


だが次の瞬間――


一体の影が、二人の死角をすり抜け、イリスの背後へと迫った。

ルミナウルの甲高い鳴き声が響く。


「イリス――!」


セフィルの声が空気を裂いた。


イリスの足元が急に崩れた。

黒い霧が集まり、結界の裂け目のような“穴”が、彼女を引きずり込もうとする。



「きゃ――っ!」



イリスが叫び、バランスを崩して体が傾く。


「しまった!」


セフィルは駆け出すが間に合わず、

イリスの身体は、虚空に沈もうとしていた。


その瞬間、ラーデンが飛び出した。

彼の手が、咄嗟にイリスの右手を掴む。



「離すなよ!」



彼の手が、イリスの右手の紋章に重なった。



刹那――。



ズン、と空気が震え、

ラーデンの身体を走る、熱の奔流。


(な、なんだ……この感覚は――)


胸の奥で、何かが目覚める。

バチッ、と雷鳴のような音とともに、白く、眩い閃光が走る。

二人の手を中心に、星形の光の模様が空間に浮かび上がり、波紋のように広がった。


その光に飲み込まれながら、ラーデンは意識が一瞬飛ぶような感覚を覚えた。


次の瞬間、ラーデンの胸に紅の輪環の紋章が浮かび上がった。

それはまるで星の運行図を模したような幾何学の光。

円を描き、星々が回るように、小さく揺らぎながら胸に刻まれた。


(――っ!……これは……?)


身体の奥に、熱い何かが流れ込む。


イリスの祈り。

セフィルの怒り。

影の呻き声。

そして、遥か深くに沈む、名も知らぬ誰かの――叫び。


心が、魂の底から、かき混ぜられていく。


ラーデンの瞳が、星のように光を帯びた。

影たちが、その光を恐れるようにうねり、怯えたように後退し始める。


「な……何が起こった……の……?」


イリスが見上げて呟く。


ラーデンはイリスを引き上げると立ち上がり、

本能のままに剣を掲げるとーー剣から光がほとばしり、刀身が紅蓮に染まった。


ラーデンが影に向かい一閃する。


「退け――!」


その一言が、空気ごと世界を揺るがせる。

衝撃波が放たれ、影は弾け飛び、霧散していく。

影の中心にいた“主”のようなものが、叫びを上げながら裂け目へと飲み込まれ、消滅した。



静寂が戻る。



祭壇の上に浮いていた黒石が小さく震え、青い光の紋に包まれ始める。


「イリス」


ラーデンの声に、イリスははっと息を呑むと、両手を胸元に組み、祈るように目を閉じた。


「星よ、この地を再び、秩序の下に戻したまえ……」


その祈りに呼応するように、祭壇の黒石が淡い青白い光を放ち、

空間全体に、光の波動が広がっていった。


封印は静まり、祭壇の石は眠りについたように光を鎮めていく。


影も、黒い霧も、もうどこにもいない。

三人の足元には星脈の脈動が、微かに地を伝っていた。


――封印が、再び静かに、閉じられた。





ラーデンは、剣を収めたあとも動けずにいた。

その紋章は、すでに光を収めていたが、残光が、まだ身体の奥で脈打っている。


「まさか……俺の中に、こんな力が……」


ラーデンにはまだ、それが何を意味するのかは分からなかった。

だが確かに、何かが“始まった”のだと、そう感じていた。


「これまでの旅路……すべてが、どこかに導かれていた気がしていた。

けれど、今は分かる。

俺は、“鍵”でも、“祈り”でもない。

でもその両方が交わるところに……なぜか、立たされている」


彼の目はまっすぐだった。

けれどその奥には、光も闇も、選ばずに見据える覚悟があった。


「君たちは星の巫女と鍵守。

過去と未来を繋ぐ者たちだ。

なら――俺は、その両方を“今”に繋ぎ止める者なんだと思う」


ラーデンは胸元にそっと手を当てた。

紅の輪は鼓動と共鳴し、星脈の光とほんのわずかに呼応していた。


「封印も、祈りも……俺にはできない。

だけど、そのどちらが欠けても、世界は再び壊れてしまう。

だから――間に立つ者が必要だったんだろう」


ラーデンはゆっくりと目を閉じた。


「俺がこの力を持ったのなら、きっと、それには意味がある。

祈りが未来を照らすなら、封印が過去を閉じるなら、

――俺はこの手で……その両方を、星を繋ぎなおす“橋”になる。

もう一度、世界に“円環”を取り戻すために」


セフィルが頷き、続けるように言葉を紡ぐ。


「過去の巫女や鍵守が力を尽くしても、決して届かなかった“揺らぎ”があったという。

――祈りと封印の間に、もうひとつの力が必要だったと。

おそらくその役目が……お前なんだ、ラーデン。

伝承の……“星環の守人”……」


言葉は静かだった。

だがその響きは、星脈の地の深奥に、確かに届いた。


どこか遠くで、石が優しく音を立ててひとつ転がる。

封印の奥に眠るものが、わずかに応じたような気がした。


――かくして、星の巫女と鍵守に続き、

もうひとつの柱が、静かに立ち上がった。

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