星脈を目指して
学園を発って数日後。
イリスは静かに揺れる魔道飛行船のデッキにいた。
次の瞬間、イリスは身を強ばらせた。
「どうした?」
「……わからない。でも、胸がざわつくの。心の奥が、何かを拒んでるみたいな……」
彼女は胸元を押さえ、深く息を吸い込んだ。
この感覚は、恐怖でも緊張でもない。
もっと原始的な、魂の芯をかき乱すような――「拒絶」だった。
すると、背後から聞き慣れた低い声が届いた。
「……まだかなり離れているはずだが、よく分かったな」
振り返ると、ラーデン・ノアクレストが緋色のマントを揺らしながら近づいてくる。
その鋭い瞳が、風に吹かれるイリスとセフィルを静かに見つめていた。
「これは……」
セフィルが警戒の色を帯びて前へ出る。
「一体、何がこの先に?」
ラーデンは甲板の縁に立ち、遠くに霞む雲の切れ間を見つめた。
「……かつて封印された“闇”の痕跡。
そのひとつが、この星脈に存在している。
封印自体は古いが、“脈動”している。感じ取ったのは、その波だろう」
イリスの肩がびくりと震える。
近づくほどに、心臓が痛むように脈打ち、冷たいものが背筋を這ってくる。
まるで、呼ばれているような――あるいは、拒まれているような。
「……これが、あの“闇”……」
イリスは唇をかみ、視線を逸らした。
「でも、どうして私……」
ラーデンはその問いには答えず、淡々と続ける。
「封印された魔力の名残が、星脈に共鳴している。
イリス、君の“星の記憶”がそれに呼応しているのだろう」
セフィルが目を細め、イリスを支えるように寄り添った。
「無理に近づく必要はない。俺が先に結界を探ってみる」
「……でも、わたし、行かなきゃいけない気がするの。
怖いけど、何かが……“目を覚まそうとしてる”」
イリスの瞳が、どこか遠くを見つめていた。
胸に宿る記憶がまだ名を持たぬまま疼き始めていた――まるで、封印された過去が再び幕を開けるのを待っているかのように。
風が、船体を大きく揺らした。
遥か下には、光る星脈と、未だ名を持たぬ“何か”が、息を潜めていた――。
*
飛行船は、雲海を割って降下を始めた。
眼下には、淡く輝く脈のように光る地――星脈。
その中央に、奇妙な静寂を纏った大地が横たわっていた。
甲板に立つイリスは、胸の奥に渦巻く感覚を噛み締めていた。
近づくほどに寒気と動悸が強まり、血が逆流するような感覚に襲われる。
「……本当に、行くのか?」
セフィルが静かに問う。
「星の巫女として、確かめなきゃ。
あれが“闇の残響”なら……避けては通れない」
ラーデンがわずかに頷いた。
「協定に基づき、私は立会人として同行する。
万が一の時に、記録として残す義務がある」
その声音は冷静だったが、その瞳の奥には、違う意志があった。
真の目的はただ一つ――”星の巫女”イリスと、”鍵守”セフィルの護衛だ。
飛行船が地に着き、ハッチが開く。
下船するのは、イリス、セフィル、そしてラーデンのみ。
「お前たちは、ここで待て」
「「「はっ」」」
船内に待機する魔導士たちは、ラーデンに言われるまでもなく、
降りしきる霧と闇の圧に、一歩も動くことができなかった。




