飛行船の片隅で 2
窓の外を、雲がゆっくりと流れていく。
かすかにきしむ飛行船の音と、魔力炉の低い唸りが、船内の静けさに紛れていた。
イリスはニーナの手記を胸に抱き、セフィルをじっと見つめる。
聞きたいことは明確なのに、うまく言葉が出てこない。
「……セフィル……。
実はあなたに――聞きたいことがあるの」
イリスは意を決して言葉を紡ぐ。
「ニーナが……書いていたの。
”彼らは、塔の対極に封印され、決して交わることのない隔たりの中にいる”って。
あなたは……知っていたの?」
セフィルの瞳に、大きな戸惑いの影が走り、小さく息を呑む。
「……ルヴィアンが……あの塔に、俺と同じように封じられていたと……?
そんな気配、感じたこともなかった。
どこに……彼は、どこにいたんだ……?」
その名を口にした瞬間、セフィルの瞳が深く揺れた。
「……俺は、彼を置き去りにしたまま目覚めたのか……」
彼の声音には、痛みがにじんでいた。
ぽつりとこぼしたその声に、イリスは言葉を返さなかった。
ただそっと、彼の隣に立ち、窓の外の空を見つめた。
飛行船の軌道の先、遠くに見える雲の切れ間から、微かに光が覗いていた。
セフィルは、額にそっと手をあてた。
思い出せない――けれど、確かに心が騒いでいる。
「……なぜ、思い出せない?」
誰に問うでもない独白が、静かな船内に落ちる。
イリスはそっと隣でその様子を見守っていた。
セフィルは遠い記憶を探るように、瞳を閉じる。
「星紋の塔の中には、俺がいた”封印の間”とは別に……。
誰も足を踏み入れぬ、重い沈黙の場所があったように思う。
けれど、そこに魔力の気配はなかった。
まるで空間そのものが閉ざされていたような……」
セフィルは記憶の奥を、慎重になぞっていく。
「……わからない。
けれど、今思うと、俺が眠っていた場所とは、まったく異なる“気配”が確かに塔の奥にあった。
でもそれは、深い結界に包まれていた。
そうか。あれは、ニーナの力……俺と、分け隔てるための……」
言いながら、セフィルは言葉の意味を自分の中で咀嚼していく。
やがて、確信が形になりはじめていた。
「彼が……そこにいたなら、なぜ……俺は何も……」
「……それは、きっと封印があまりにも強かったからよ。
互いの気配すら遮断されていたんだわ」
イリスの声に、セフィルはゆっくり頷く。
「……もう一度、塔に戻る必要があるかもしれない。
彼がそこにいるのなら、今度は……俺たちが迎えに行かなくちゃいけない」




