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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
王都への旅路

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28/82

飛行船の夜――星の記憶、手記の声

飛行船は、静かに星夜の空を進んでいた。

甲板に吹く風は冷たく、けれどどこか心地よかった。


イリスはひとり、船内の小さな個室にいた。

ラーデンもセフィルも今は席を外しており、

まるで時間が止まったかのような静寂が、そこにあった。


彼女の膝の上には、古びた装丁の本。

ゼルファード学園長から託された、《ニーナの手記》。


それは、どこか懐かしい匂いがした。

まるで遠い昔の自分に出会うような、不思議な気配が本全体から漂っていた。


(……今なら、きっと読める気がする)


そう思って、手を伸ばした。


開いた瞬間、金の魔法文字がふわりと浮かび上がる。

それは星の紋章と同じ――“星の記憶”にのみ反応する、封印魔法だった。


ページが自然にめくられ、淡い光を放ち始める。


それは、「星の巫女」に選ばれた者だけに伝えられる、

かつての悲しい真実と、未来への祈りの記録だった――





私の名はニーナ。

この手記を読むあなたは、きっと未来で“星の巫女”として目覚めた者でしょう。


ありがとう。


あなたがここにたどり着いたということは、封印は揺らぎ、再び選択の時が来た証だから。


この世界はかつて、幾千の戦乱と絶望に沈んでいました。

人の恐れ、怒り、欲望――その負の感情が、やがて“かたち”を持ち、世界を蝕んだ。


それが、《影なるもの》。

人が生み出し、そして制御できなくなった、終焉の闇。


私は、かつて“鍵守”と共に、その闇に立ち向かいました。

けれど、その戦いは決して勝利ではなかった。


闇は滅びず、ただ封じられただけ。


そして、私の大事な友人は、闇に呑まれ……。

闇纏いとなり、封印せざるを得ませんでした。


私は次第に闇を纏っていく彼を、ずっと恐れていた。

でも本当は、彼もまた――私たちのもうひとつの鍵だったのかもしれないと思うのです。


だからきっと……本当の封印の鍵は、私とセフィル、そして……ルヴィアン。


セフィルが“陽”の鍵守なら、ルヴィアンは“陰”の鍵守だったのかもしれない。

陰と陽、光と影。どちらが欠けても、封印は完全ではなかった。

あの時、三つの魂が揃わなかったせいで、真なる封印は完成しなかったのです。


だから……私は、ふたりを塔に還しました。

いつか目覚めてくれることを願って。


彼らは、塔の対極に封印され、決して交わることのない隔たりの中にいます。


いつか必ず、“第三の魂”が目覚める。

その時こそ、あなたたちが未来を選び取る番。


――どうか、セフィルを信じて。

彼は何度でもあなたを守るでしょう。

彼は……私の光であり、最も深い場所で私を支えてくれた存在。


そして……もし“彼”が目覚めるときが来たら。

その闇に、あなたの光を注いであげて。

どうかもう……誰も孤独にしないで。


それが、私たちの願い。


私たちの……“約束”なのだから。







イリスは、ページを閉じられなかった。


手が震え、胸が軋む。


これは「過去の自分」の言葉……

けれど、今の“自分”に向けられた、未来を託す祈りだった。


「本当に……私が、受け継いだんだね。ニーナ……」


彼女の目から、一粒、涙がこぼれる。


イリスの胸の奥で、静かに何かが灯った。

セフィル、ルヴィアン、そして自分。

この三つの魂こそが、“真なる封印”を完成させる。


けれど、それは同時に、再び悲劇を繰り返さぬための“覚悟”を問うものでもあった――。


イリスは空に向かって呟く。


「セフィル……ルヴィアン……そして私。

まだ終わっていない。過去も、約束も、未来も……全部」


その瞬間、彼女の星の紋章がふわりと輝き、

まるで手記が応えるように、その光を一筋の星のように天へと返した。


(ありがとう、イリス)


どこかで、優しい声が聞こえた気がした。

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