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星紋の守り手―そして、運命は動き出す。癒しの力と星の記憶―  作者: 高梨美奈子
王都への旅路

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27/82

怒れる貴族 ― エスラ公爵の激昂 ―

王都・魔法省の奥、重厚な扉で隔てられた豪華な部屋で。

荘厳な柱が立ち並び、まるで陰謀そのものを隠す迷宮のような空間に、怒りの声が木霊した。


「ゼルファードの老いぼれめ……! 

貴様、よくも……!我らを出し抜いてくれたな!」


声の主は、王国枢密院の一角を担う重鎮、ディアストレ・ヴァン・エスラ公爵。

彼は怒りに任せ、机を思い切り叩いた。

高価な水晶製の書簡台が小さく跳ね、上に乗っていた書状が宙に舞う。


「“協定”とは、よくも言ったものだ……。

巫女と鍵守が、対等の存在として王家と並び立つだと? 馬鹿な!」


唇を噛み、顔を真っ赤にしながら、空間を睨みつける。

手元の文書を何度も握りつぶし、指の骨が軋むほどに力を込めていた。


「こんなもの、認められるはずがない……っ! 

巫女は、王国に奉ずる器。鍵守もまた、ただの“兵”でしかない!」


震える手で落ちた書状を拾い上げる。

そこには確かに、王家と魔法評議会、そして星紋の塔の間で交わされた、

“魔法的拘束力を持つ文書”の写しが記されていた。


しかも、立会人としてあのラーデン・ノアクレストの署名が――


「……ラーデン……っ。あの男、王子の側近を気取っていながら……」


目の奥で怒りの火が燃え上がる。


「ならば、いっそ次の評議会で“認可の無効”を提案するまでだ。

……あの巫女も鍵守も、いずれ“支配”下に置く」


低く、呪詛のように呟く。


その声音には、もはや理想や正義の影はない。

あるのは、“王家の存在を守る“という名目に隠された、自身の野心だけだった。


「見ていろゼルファード。

貴様がいくら外堀を埋めようと――

私の“駒”はまだ、動かせるのだ」


忌々しげに呟いたその時、背後の扉が静かに開いた。


「……失礼します、公爵閣下」


入ってきたのは、黒衣に身を包んだ若き魔導師。

その顔は、評議会や学園に出入りすることのない、無名の者のように見えた。

だがその瞳には、冷えた鉄のような知略の光が宿っていた。


「“例の件”、準備は?」


「滞りなく。学園内に残した”印”は予定通り反応を始めています。

まもなく、“闇の残響”が動き出すでしょう」


「……良くやった。あの存在が、ここまで目を覚まし始めるとはな。

巫女と鍵守の覚醒に、奴らが呼応したか」


ディアストレは笑みを浮かべた。

その顔は、美しい仮面のように整っていたが、底知れぬ冷酷さを湛えていた。


「星の記憶が呼ぶのなら、それすらも利用してやる。

あの娘が“星の巫女”であることなど、今はどうでもいい。

必要なのは……その力だ。奴らの“心”までも、支配できればいいだけのこと」


黒衣の魔導師は、無言で一礼し、言葉を続けた。


「“彼”も動かしますか?」


その一言に、ディアストレの目が細くなる。


「……ラーデン・ノアクレストか? 

奴は読めん。

王子に忠誠を誓う仮面の裏に、まだ理想の残滓が見える。

ゼルファードの情に揺らぐ可能性もある……」


「排除の対象と?」


「いや――“試す”。

王子を守るために、どこまで踏み込めるか……。

駒であることを忘れた者には、“罰”を」


最後の言葉は囁きだった。

まるで、かつて忠義を誓った者への断罪であるかのように。


やがて部屋を出ていく黒衣の魔導師。


その後ろ姿に、ディアストレは言葉をかける。


「闇は、まだこの王都の地下に蠢いている。

星の記憶など……とうに忘れられた神話だ。

だがな、神話は利用するためにある――我らの支配のためにな」


その声が消えた瞬間、柱の陰、壁の奥で微かに、何かが蠢いた。

それはかつて世界を蝕んだ”負の感情”の欠片、

名もなき “闇の残響” の予兆だった。


彼は握りしめていた書状を折りたたむと、静かに炎の魔法で燃やした。

灰となる文字。その中に、燃え残ったひとつの名――


「イリス・ヴァレンティア」の名が、黒く焦げて、舞い上がっていった。

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